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兄さんが倒れて病院に運ばれたと知らせが入ったのは、僕が兄さんを病院へ検査に連れて行った日から……十ヶ月後だった。  何度も連絡はしていたんだ。なのに兄さんは何時も「大丈夫だから。心配するな」ばかりで。「そんなことより雅、何か困ったことはないか?」なんて……逆に僕の大学のことや就職のことを心配されてしまって。今、考えてみれば……兄さんは自分の病気を隠す為に、話をはぐらかしてたんだろう。ううん、もしかしたら……心配性の僕には病気のことを話さないで欲しいと、父や潤くんに頼んでたのかもしれない。  潤くんから連絡が入り、病院に駆けつけた時にはもう……兄さんの意識は無くて。兄さんから真実を訊き出すことが出来ず、持って行く場所のない怒りを僕は三歳上の潤くんを詰る事で鎮めようとした。  「潤くんが兄さんを追い詰めたんだ。兄さんは何も悪くないのに……ずっと、潤くんが辛くあたるから……だから病気になっちゃったんだ。兄さんだって被害者なのに……潤くんはずっと恨んでばっかで。兄さんがこうなって、潤くんの恨みは果たせた?兄さんが死ななきゃ潤くんは兄さんを許せなかったの?今、どんな気持ち?兄さんが死ぬって聞いて、潤くんは嬉しい?こんなの……兄さんが可哀想だよ。こんなの……酷いよ……兄さんが何をしたって言うの?母さんが違ったって、兄さんは僕達の兄さんでしょ?なのに……こんな……潤くんが殺したんだ。潤くんが兄さんを……」  「雅、止めなさい!」  「父さんは黙っててよ!父さんにだって責任はあるでしょ?母さんが死んだのだって全部……全部、父さんが悪いんだ!二人とも出てって!兄さんの看病は僕がする。兄さんだって二人の顔なんてみたくないはずだよ!」  そう……胸の中にあった物を全部吐き出すことでしか、僕はこの怒りや悲しみを如何することも出来なくて。病室のドアが閉まる瞬間、潤くんは兄さんになのか、僕になのかわからない謝罪の言葉を一言残して行った。  それから一週間後だった。兄さんが息を引き取ったのは。  葬儀も終わり、兄さんが白い煙になって青い空に溶け込んでいくのを見ながら、僕は兄さんの最期の時を思い出していた。  誰かを求めるように手を伸ばす兄さん。その手を僕が握ると「悠……くん……」と呟いて。  「見える……よ……ライトが……悠くんを……照らす……ライトが……。拍手……凄い……洪水みた……い……だ。ほら……ね、悠く……ん……心配いらなかった……だろ?もう大丈夫……キミは……独りじゃ……ない……よ……」  そう言って兄さんは……最期に笑ったんだ。本当に幸せそうに。その笑顔は……僕が今まで、一度も見た事もない笑顔だった。だから……僕はその悠くんって人を探そうと思った。  僕には出来なかったから。兄さんをあんな幸せそうに笑わせることは出来なかったから。兄さんをあんなに、幸せそうな笑顔にさせてくれた人に会ってお礼を言いたかったから。そして、兄さんの部屋を整理してた時に見つけた、彼宛に書かれた手紙を渡したかった。  僕のその気持ちを察してか、潤くんがその彼を探してくれ、彼の居る場所を書いたメモとチケットの入った封筒を僕に渡す時、兄さんへの想いも一緒に僕に伝えてくれた。  「憎む事でしか生きる方法が見つけられなかった。雅みたいにあいつを受け入れることは俺には無理だった。こんなの間違ってるって、頭のどっかでわかってても……止めることが出来なかった。 言い訳になるかもしんねぇけど、雅より母さんとの思い出が俺には三年分あって。その母さんとの思い出があいつを……兄さんを許すなって俺を責めて。ごめん……酷い奴だってわかってる。けど……こうするしか……兄さんを憎むことでしか生きて行けなかった」  そう言って涙を流す潤くんに  「もう……兄さんを許せた?それとも、まだ……許せないまま?」  訊けば  「わからない……」  潤くんは頭を振り  「けど……生きていて欲しかった。でも……兄さんは自ら死を選んだ。治療も一切受けようとしなかった。それが……死ぬことが……兄さんにとって唯一の安らぎだったんじゃねぇのかと思う。だから……俺はこれで良かったんだと思う。例え、雅に嫌われても……な」  僕に泣きながら笑いかける潤くんを見たら……それ以上はもう、何も僕は言えなかった。潤くんだって後悔してるんだってわかったから。  僕は潤くんから渡されたメモとチケットを手に、アメリカに渡った。ニューヨークに着けば、そこで兄さんの友人の西川さんが僕を待っていてくれて、兄さんへのお悔やみの言葉を僕に述べた後、色々と彼の話を聞かせてくれた。  「直樹さんの紹介でね、彼をうちのオフィスで預かったんだ。彼……歌だけじゃなく、芝居やダンスも才能があって、少しのレッスン期間で直ぐにミュージカルのオーディションに受かってね。今じゃ、彼を使いたいってあっちからオファーが殺到すくらいで。紹介してくれた直樹さんには感謝してるんだよ。持って生まれたって言うのかな……彼には人を惹きつける魅力がある。きっと、それを直樹さんは見抜いていたんだと思う。雅くんも会えばわかるよ」  そう話すと、彼の待つ楽屋に僕を案内してくれた。そして扉が開いて振り向いた彼の顔を見た瞬間……僕は感じたんだ。兄さんは彼を愛していたんじゃないかな……と。だって……開いた扉の前に立つ僕を見つめる彼の唇が「直樹クン」って動いたから。  彼は僕じゃなく、兄さんをずっと待っていたんだろうな……と思った。僕が彼に会いたいと思ったのは……もしかしたら兄さんの魂を彼の許に連れて来る為だったんじゃないだろうか……。兄さんが彼を想って旅立って行ったことを、彼に告げる為に僕は此処に……彼の許に導かれたんじゃないだろうか……と。だから……僕は兄さんの最期を彼に告げ、手紙を渡した。  その手紙に何が書かれてあったのかはわからない。でも……訊かなくてもその手紙に何が書かれているのか、なんとなくわかるような気がした。きっと……その手紙には彼に宛てた兄さんの想いがたくさん詰まっているんだと思う。だって……その手紙を読む彼は微笑んでいたから。  兄さんの最期の笑みと似たその幸せそうな彼の笑みを見ていたら……兄さんも彼の隣で微笑んでるような気もして、兄さんが最期に見せた笑顔は彼の為に向けられた物だったと伝えれば、彼の瞳から涙が溢れて。  その涙が僕に教えてくれた。兄さんが眠りに着く瞬間、独りじゃなかったんだ……と。   END

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