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狼の里中宗佑さん 4
俺が気を失うまで、激しくも甘美な情交は続いた。
気絶から泥のような眠りに変わり、気づけば雲のようにふかふかなベッドの上に俺はいた。乗せ心地の良い枕に染み込む甘い香りに包まれていたのも、熟睡となる要因だったのかもしれない。酔いしれるような多幸感を味わいながら、俺は瞼をゆっくりと開けた。
「……っ、う……」
身体が重い。腰が立たない。ぼんやりと思い出すのは前世でも経験した発情期の記憶だ。行為の最中はそれだけしか頭にないのだから、感じるのはほぼ快楽のみ。しかし目覚めた後が酷い。壊れた家具のようにガタガタになるのがいつものオチだ。圭介もそれは同様のようで、身体の節々はもちろん、散々受け入れたアソコも摩擦による痛みを感じていた。
安堵はできない。発情期の開始からまだ一日目だ。これが最大で七日程続く。夜になったらまた再発するのだろうか。この身体も恵と同じであるなら、きっとそうだろう。
とはいえ、とても幸せな夢だった。もう会えないと思っていた正臣に会えた上、その彼に抱いてもらえたのだ。もう二度とないと思っていたのに。
「えへへ……」
弛緩してしまう顔を枕に埋めて彼の匂いを感じた。あの頃の正臣に抱いてもらう時は、必ず彼の首筋に顔を埋めていたものだ。
「…………ん?」
ちょっと待った。正臣? どうして正臣がここにいる? 俺は前世での記憶を思い出しただけでタイムリープをしたわけではない。戦争で正臣を失ってからもう百年以上も経っている。死んだ者が不意に現れるなど、ありえない。
じゃあ、何だ? 俺が昨日、発情した際に抱いてくれたのはいったい全体誰だと言うのだ?
ヤることしか頭になかったとはいえ、俺はずっと正臣に抱かれていると思い込んでいた。でも正臣がいるはずがない。仮に今日まで生きていたとしても、あの頃の顔のままでいられるはずがない。
サアッと頭が冷えていく。さっきまでの多幸感は何処へ? いやいや、それどころではない。俺の相手をしていたのは、いったい誰だ?
その時、カチャリと扉を開く音が後方から聞こえた。ベッドのシーツに身を包んだ俺は両手を頭に乗せた状態で、そろりとそちらへ振り返る。そしてようやくここがこの家の寝室だと気がつくのと同時に、そのドアから現れた人物に対し大きく目を見開いた。
「ああ、起きていたか」
良かった、と安堵したような口振りで相手は俺を視認する。ヒタヒタと素足がフローリングを擦る音を立てながら、その男は俺の下へと近寄った。
穏やかな様子の相手とは違い、俺は信じられないものを見たと内心動揺し、自身の瞼を手の甲で強く擦った。そしてパチパチと瞬きを繰り返してから、目を凝らして再度彼を確認する。
夢じゃない。その人物は正臣に瓜二つだったのだ。
前世の正臣も背の高い男だった。そして目の前のこの男性も背がうんと高く、精悍で逞しい身体つきをしている。何故か上半身が裸なので、それが如実にわかった。日に焼けて肌の色が濃いところは、色白だった正臣とは異なるだろう。
だが、俺の視線は正臣の顔よりも、その上にあるものへと向かっていた。
頭だ。灰色で項まで届くサラサラの髪は別段、おかしくはない。むしろ羨ましいほどの光沢がある。いや、そうじゃない。そうじゃなくてその上にピンと立っている二つの……
「耳っ……み、み、耳がっ……!」
「耳? ああ、これか?」
パタパタと動かす、柴犬のような獣の耳。それが正臣の頭の上に生えていた。い、生きてる? それ、生きているのか!? 生もの!?
わなわなと身体を震わせる俺に、正臣を模した彼は指で自身のその耳を摘まむと、申し訳なさそうに眉をハの字にさせた。
「狼の姿で怖がっていただろう? 薬で強制的に人型になったんだが……この耳と尾だけは隠せなかった。すまない。これもまだ怖いか?」
へ? 狼? 今、狼と言った? 柴犬ではなく?
再度、パチパチと瞬きをする俺は失礼だと思いつつも、彼に向かって人差し指を向けつつおずおずと尋ねた。
「もし、かして……里中、さん?」
「他に誰がいると言うんだ?」
俺はあんぐりと口を開けた。
「えええっ!? うそぉっ……うわあぁ!?」
ベッドの上で後退りながら驚いた為か、俺はシーツに身を包んだままズデン! と大きな音を立てて背中の方から床へと落ちてしまった。
すぐさま里中さんが駆け寄り、呻く俺を見下ろしながら心配の声をかけてくれた。
「大丈夫か?」
「いってぇ……」
腰を擦りながらヨロヨロと上体を起こすと、荒い呼吸と共に「グルルル…」と獣の唸り声が頭上に降ってきた。
何だ? と、視線を上げると里中さんが口元を右手で抑え、何かを懸命に堪えている様だった。
首を横に傾げると、里中さんはさらに奥歯を噛みしめ指の隙間から白い牙を覗かせる。その瞬間、彼が本当に人間ではなく獣人なのだということを認識した。
そうだ。俺は出会って早々、失礼な態度ばかりをとって怒らせて、その上発情までして、とんだ醜態を晒してしまったのだ。
今度こそ謝らなくては。そう思い体勢を直そうと身体を捩らせ膝を立てる。すると、里中さんが怒気のこもった口調で俺に尋ねた。
「それは……誘っているのか?」
「へ?」
眉を顰めながら俺を見下ろす里中さんの視線が、俺の顔よりもさらに下にあることがわかり、俺は自分の身体へ目線を落とした。
見れば自分はシーツ以外に何も身に纏っていない。いわゆるすっぽんぽん。そんな状態であることに今更ながら気づいた。しかも肌には至るところに赤い花弁のようなものが無数に散っている。
また、膝を立てたことで里中さんに向けて局部が露になってしまい、俺は慌てて脚の間に腕を挿し込んだ。
「ち、違いっ、ます……!」
カッと顔が熱くなる。昨日といい今日といい厄日なのか! そう叫びたくなるくらい里中さんの前で失礼かつ恥ずかしい行動しか取っていない。恵としての記憶も戻り、メンタルは強くなったつもりだったけれど、これはさすがに涙が滲んでくる。
だが。
「圭介」
「え……んんっ!?」
俺は里中さんによってひょいと身体を抱き上げられると、ベッドの上へと押し倒され唇を塞がれた。何によって? などの野暮な質問は、この場合なしだ。
「ん、んんぅ……」
もうとっくにふやけてしまっているのではないか。そう思う唇に、啄むようなキスを何度か落とされる。そのまま頬や耳、鎖骨や肩にと里中さんはその雨を降らした。
まさか、もう? 起きたばかりなのに!?
「ま、待って……里中さ……あぁっ!?」
痛みを伴っていたはずの尻の割れ目、その奥にある孔からはすでに愛液が溢れ出ていた。すっかり窄むそこへ指を埋められて、俺は悲鳴を上げる。
嘘だろう? どうしてこんなに早く発情が始まるんだ?
混乱する俺を他所に、里中さんは甘みを帯びた匂いを強めて責めるように言った。
「煽ったのは君だからな」
「や、あ……も、待ってってばぁ……ああんっ」
発情期なのだから仕方がない。それだけでは済まないような俺達の衝撃的かつ最悪な出会い。
俺はまだ、里中さんの誕生日すら聞いていない。
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