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生まれて初めての…… 8
その夜。互いに入浴を済ませた後、俺は宗佑の前で初めてチョーカーを外した。ただ首を晒すだけの行為が裸を見られることよりも緊張した。
「あんまり、見つめないでくれると……助かる」
「それは聞けないな」
日に焼けていない身体は細く、肉付きも決して良いとはいえないΩの俺。同じ「人」のはずなのに、精悍な体躯の宗佑とはまるで違う。そんな彼の大きな手によって、俺が身に纏うバスローブは解かれていった。
ゴロン、と広いベッドの上で仰向けに寝転がされると、宗佑が上から俺を見下ろした。このアンバーの瞳に見つめられるだけで、俺の身体は僅かに反応する。それだけで感じてしまう俺は、きっともう宗佑以外の者では満たされないだろう。
俺の頬を撫でる彼の手が気持ちいい。たちまち身体中に熱が広がり、紡いだ唇から微かな吐息が漏れた。
宗佑のバスローブの腰紐を解いてやると、逞しい彼の身体が露になる。うっとりするほどのそれは俺には絶対に手に入れられないものだ。まるで美術館に飾られる彫刻のように洗練された肉体が、これから俺の肌と合わさるのだと思うと、身体の奥から何かが溢れた気がした。
「グルル……」
喉を鳴らす宗佑の声。俺が欲情させているのかと思うと嬉しくなる。他の人間にはない、Ωだからこそ発することのできる誘惑の香り。普段なら煩わしいそれも、今だけは彼を夢中にさせるとっておきの媚薬だ。
「はあっ……ん……」
まだ頬を撫でられただけだというのに、俺の身体から愛液が染み出した。発情が始まったのだろう。宗佑に触れたくて堪らない。
「好きだよ、宗佑」
その言葉を皮切りに、互いの合わさる唇が普段よりも深く交わる感じがした。
擦れる肌も、俺を愛撫する両手も、繋がる結合部も。
今日で何度目かしれないセックスなのに、初めて宗佑の全てを感じているような気がしていた。
「んんあっ……はあっ……宗佑……」
「圭介……好きだ」
「うん……んっ、うんっ……俺も……!」
抱き締め合いながら囁き合う愛の言葉がそうさせていたのかもしれない。昨日までと違うのはそれだった。
だからきっと、これで成立する。
「ん……宗佑……宗佑ぇ……!」
「圭介……!」
傷一つない俺の項に宗佑が噛みついた。不思議と痛みは感じず、むしろそれが俺を絶頂へと誘った。
ああ、これで俺は宗佑と結ばれたのだ。酸素を身体全体で貪りながら、俺は自分の首筋へと触れた。
今世で俺は、誰かの番になることができた。それも自分が心から好きだと思う人と。
宗佑が噛んだばかりの俺の項を舐めながら、強く身体を抱き締めた。
「ありがとう、圭介」
礼を言うのはこちらの方だ。俺は首を振った。
「嬉しい」
「私もだよ」
その後も激しく、濃密に愛し合った。すっかり腰が抜けて立てなくなった俺を、宗佑は軽々と抱き上げるとバスルームへ移動した。
空のバスタブに二人して身体を収めると、中にお湯を溜め始めた。バスタブの中でも俺は宗佑に横抱きにされたままで恥ずかしかったが、それよりも大事なことを思い出し、俺は脚の間に自身の手を挿し込んだ。
「何をしているの?」
「ん……栓、しとかないと……宗佑の、零したくないから」
自身の後孔に指を埋めて、お湯を入れないようにする。それだけの行為が、またも宗佑を刺激させたらしい。
「本当に圭介は……無自覚でやるからタチが悪い」
「へ? あっ、ちょっと……宗佑っ……!?」
俺から指を抜かせると、宗佑が代わりに俺の後孔へと指を埋めて栓をした。長い中指が奥まで挿れられ、「これなら、抜けないだろ」と耳元で囁かれる。でも、その指は意地悪で、動かさなくていいのに僅かに抜き挿しを始めた。
「も、やあっ……だめっ……お湯っ、んんっ、入っちゃう……からぁっ」
「そうなったら、また圭介の中を私で満たすから大丈夫」
「やだぁっ……あんっ、だめ……だめ、だめぇっ……!」
せっかく溜め始めたお湯が自分の放ったそれで汚れてしまった。宗佑は満足そうに微笑み、対して俺はぐったりと彼の胸の中で文句を言う。
ふてくされる俺を宗佑は可笑しそうに宥めた。しばらくして、根負けしたのは俺の方だった。
「宗佑のスケベ……」
「そうだよ。知らなかった?」
「もうっ…………ぷっ、ふふっ、あははっ」
「ふふっ」
じゃれあって、じゃれあって。俺達は幸せな時間を過ごした。
ここで俺の物語が終わったなら、まさにハッピーエンドというやつだ。
めでたし、めでたし。
――――…
最後にシャワーで身体を洗い終わった後は裸のままソファの上で互いに抱き合い、何気ない会話を楽しんだ。その中で、俺は今更なことを尋ねた。
「そう言えば、宗佑のご家族の方は番の相手が俺でいいのかな?」
「ああ、それなら大丈夫。君を迎えると決めた時から彼らに伝えてあるよ。もちろん、納得してもらっているし、こうなることもわかっている」
「そんなに前から?」
「運命の人だからね」
俺が宗佑の下に行くまで彼と直接会ったことはなかった。事前に父さんから写真か何かで俺の顔を教えられたにしても、それが運命の番だとわかるなど、やはりαはすごい生き物だ。
「よく運命の相手が俺だってわかったね。俺が宗佑と会った頃は失礼なことばかりをして、全然それどころじゃなかったのに」
「運命に理由が必要?」
「……ううん」
こればかりは考えてわかることじゃない。運命の番は本能が教えてくれる。きっと今は、本能よりも理性の方が勝っているのだろう。
俺は自分の腹を撫でた。
「会いたいな」
「…………そうだな」
「えへへ」
この時の俺は幸せだった。宗佑を愛して、彼を受け入れた。そう信じていた。
だが、Ωが本能を置いて理性を優先できるはずはなかった。
俺の中の本能は、目の前の姿の彼を受け入れてくれなかったらしい。つくづく、厄介な性だ。それを知るのは、後になってからだった。
そして宗佑は、もしかしたらわかっていたのかもしれない。
自分の腹を嬉しそうに撫でる俺を見つめるそのアンバーが、ずっと遠くを見つめていたことを。
この時の俺は知る由もなかった。
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