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俺だけだった? 3
――――…
「はっさく大福……これはまた、変わったお菓子だね」
「フルーツ大福は初めて?」
「あいにく、和菓子に疎くてね」
そう言いつつ、抵抗はないのかパクリと一口分を食べる宗佑。もぐもぐと咀嚼し、何かを納得したように頷いた。
「中のクリームではっさくの酸味がまろやかになっているのか。うん。美味しいよ」
「だな~」
狼の口だったらまるまる一個を一口で食べられそうだと思いながら、着流しに着替えた宗佑の顔を見つめた。
そう。彼はいまだ人型でいる。時折、本来の姿に戻っているというが、俺の前でそうなることに、まだまだ心の準備がいるらしい。
実際、獣人の中でも宗佑の顔は美形の前に怖いといった印象を与える部類らしく、再び俺の前で狼に戻ったとしても前回同様怯えられては、宗佑自身が立ち直れなくなるかもしれないと、苦笑混じりに話してくれた。
ならばと始めたのが、宗佑の写真を見せてもらうことだった。幼少期から大人にかけての写真を目にして、少しずつ慣れていくというものだ。幸い、子供の獣人は平気なので、幼少期の宗佑から始めて徐々に段階を踏んでいった。
しかし何故か中学から高校にかけての写真がなく、幼いものからいきなり大人のものへと飛んでしまった。また、大学生の頃の宗佑は、レンズの奥を睨みつけているようで写真の中でも怖い印象を受けた。確かに強面という言葉がしっくりくる顔立ちだ。
何度見ても、目の前の宗佑と写真の中の狼が同一人物であるとは繋げにくい。それでも、この写真療法は少なからず効果があるように思えた。平面から見慣れていけば、いつかは狼の里中宗佑に触れられる日も遠くない。俺は前向きだった。それになんといっても、彼の耳と尻尾は相変わらず可愛いと思うのだから。
「そうだ、宗佑。来週の日曜日だけど、予定通り空けられそうかな?」
「ああ、大丈夫だよ。いよいよ本家へご挨拶だね」
田井中本家、そして現当主である陸郎への挨拶に、宗佑が「緊張するね」と少しだけ困ったように笑った。いきなり引き合わせて陸郎がどう反応するかはわからない。もしかしたら、宗佑を前にして驚きのあまりぽっくり逝ってしまうかもしれない。
だが、このまま悠長に待っていることもできなかった。時間は有限だ。それは何より、一度死を体験した俺自身が知っている。
俺も大福を食べながら、大丈夫と宗佑に頷いた。
「陸郎……曾祖父ちゃんは口煩いけれど、悪い人じゃないから。たぶん、宗佑に会えば人柄をわかってくれると思うよ。それより、挨拶のついでに墓参りをしたいからその間だけ宗佑を本家に残しちゃうことになるけれど……」
「墓参り?」
「うん。知り合いのね」
さすがに、前世の息子のだとは言えない。宗佑にそこまで同行させてしまうのは気が引けるし、何より自分を偽って一喜の墓前に立ちたくはない。あの子の墓の前でくらいは、俺は母の恵として向き合いたいのだ。
宗佑は怪訝な表情を浮かべるも、お茶を飲みつつ静かに尋ねた。
「ちなみにどなたの?」
「丹下さんという方なんだ」
「丹下……?」
俺が答えると、宗佑の耳がピクピクと大きく動いた。
「どうかした?」
「いや……失礼だけど、どういった繋がりで?」
当然と言えば当然の質問だ。これについては隠すことでもないからと、俺は簡単に説明した。
「曾祖父ちゃんの一番上のお兄さんが丹下さんなんだ。丹下一喜さん。曾祖父ちゃんが墓参りに行くというから、俺も一緒に行こうかなって」
そこまで遡ると、曾孫の俺は別段ついて行く必要はないと思われかねない。これ以上の追求は避けてほしいところである。
だが、宗佑は説明を聞いた後、神妙な顔つきで視線をテーブル上に落とした。
「宗佑?」
心配になった俺は彼の名前を呼んだ。すると、宗佑はすぐに顔を上げてにこりと笑った。
「うん。わかった。日曜日、空けておくよ」
そしてこの話はここで終わった。宗佑の表情に引っかかるものがあったのは事実だが、俺の方もこれ以上を追求されては困るというもの。まあいいかと、俺は再び大福を堪能し始めた。
その後、宗佑から出張の話が出た。約束の日曜日までには帰ってくるとのことで、それまで俺は一人、この広いマンションで留守番をすることになった。
「圭介」
「何?」
「テレフォンセックスやリモートセックスに興味ある?」
「ブフッ!? あ、あるわけ、ないだろっ! 馬鹿っ!」
「ふふっ」
そんな馬鹿なことを言いつつ、宗佑はその日の夜も俺を求めた。今生の別れでもないのに、俺達はこれでもかと言うほど互いを求め合った。
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