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生まれ変わったΩが起こしたキセキ 3

 すると、宗佑は一瞬だけ目を丸くさせた後、すぐに俯いて身体を小刻みに震わせた。 「宗佑?」 「クッ……ふふっ……もう、圭介は本当に男らしいね」  くしゃっと破顔して俺に向き直る宗佑は、昨日の勇ましさが微塵も感じられない。  彼は笑いながら俺の前髪に触れた。どうやらツボに入ったらしい。 「な、何か変なこと、言った?」 「ううん。素敵なことばかりだよ。そんな君だから私は惚れてしまったんだ」  惚れてしまった? この物言いだと、宗佑はいつから俺をそう思ってくれていたのか。  そんな疑問が顔に出ていたのか、宗佑は少しだけ照れたようにある告白を始めた。 「君は覚えていないだろうが……実は一年以上も前に、私は君と出会っているんだよ」 「へ?」 「君がまだ高校生だった頃だ。校舎付近で子供の手を引き、ウロウロと歩き回っていた怪しい獣人に覚えはないか?」  怪しい獣人? そう言われて思い出すのはただ一人だ。その獣人は顔を変に隠していたから、てっきり不審者だと思って声をかけたことがある。  もしや…… 「え!? あれ、宗佑だったの!?」  俺が驚いて声を上げると、宗佑はすぐに頷いた。 「そうだよ。あの頃はまだ自分も人ができていなくてね。αというだけで寄ってくる人間は多く、αというだけで些細なミスも許されず、誰も私自身を見てくれないと思い込んでいたんだ。とても窮屈な毎日だったよ。思春期は派手に弾けてしまってね。まあ、それはなんとか落ち着いたんだけど、水面下で動いていた丹下の養子話も上がったりしてね。もはやこの血筋だけが必要なのかと思ったら生きているのが馬鹿らしくなってしまって……ある日突然、何もかもを放り出してしまったんだ」 「そんなことが……」  αに生まれたなら当然恵まれていると、テレビ向こうに映る彼らにそんな嫉妬染みた感情を抱いたこともあった。しかし実際は、αというレッテルを貼られて勝手にハードルを上げられ、Ω以上に生きづらかったのかもしれない。  当事者の気持ちなどなかなか聞けないし、宗佑だってこんな弱音を見せるようなことを俺に話したくはないのかもしれない。  だが、真実を語る宗佑の表情は妙にすっきりとしており、清々しささえ感じられた。 「何も持たずに飛び出したはいいが、顔を見られるとαだとわかるし、私と知って追ってくる者もいるから、撒きたくてね。若い頃は少々ヤンチャだったから、私を知っている者はそこそこいた。それで帽子を被り、安物のジャンパーを着て口元まで覆って顔を隠していたんだ。もちろん、それで素性を隠せるとは思っていなかったけれど……何処でもいい。とにかく知らない場所へ行きたかったんだ」  それが誰かと比べてマシなのか、辛いのかは、比べようがないだろう。バース性診断とは厄介なものだね……かつてそう言っていた宗佑のあの顔を思い出す。  宗佑は続けた。 「不審者に思われても仕方のない格好で彷徨っていたからね。みんなが私を避けていく。こんなことは初めてだったし、なんとも言えない解放感があった。このまま誰にも知られず死んでしまおうか……そんな不穏な考えさえ過った。そんな時、小さな子供が迷子になっているのを見つけた。それも私と同じ獣人。αとはいえまだ幼いその子に声をかけようとする者は誰もいなかった。助けたくとも何も持っていない私もどうすれば良いのかわからなかったし、何よりこの顔を見られたら大概の子は泣く。近づいてはみたものの、その子も案の定だったよ。泣き喚くその子を前に交番にでも駆け込もうかととりあえず手を引き困っていると、君が現れた」  そこまで言われて、当時のやり取りを思い出した。確か俺は…… 『おい! そこのアンタ! 何、小さい子を泣かしてんですか! それでもαか!』 『いや、俺はただこの子を……』 『だまらっしゃい!!』  そこまで記憶を掘り返して、俺は頭を抱えた。 「端から見れば私は不審者だったし、叱られても仕方のない状況だったけれどね。なんとか経緯を説明して君への誤解は解けたけれど、獣人でαとわかっていながらも立ち向かう君の叱責はとても印象的だったよ」 「ご、ごめん……」  あの時は獣人に対して苦手意識はあれど、そこまで怖くはなかった。何より小さい子が泣いていたせいもあって、口癖になりつつある「だまらっしゃい」も無意識で言っていた気がする。思えば恵の記憶が戻る前触れだったのかもしれない。 「その後、子供をあやしながら君はその子が着ている服のタグにある電話番号へ連絡してくれた。もはやαとして立つ瀬なしなわけだが、とても助かったよ。君と私は近くの公園でその子の保護者を待ち、その間に他愛ない会話をした。ささやかなそれは私にとって、心休まる時間だった」  ここまで事細かに説明をされたというのに、宗佑と会話をした内容を殆ど覚えていない。当時の俺は子供をあやすことに頭がいっぱいで、きっと宗佑のことをαの癖に役に立たない男だな……などと、そんな失礼なことを思っていた気がする。  けれども、一つだけ覚えていることがある。 『子供が好きなのか?』 『う~ん……そうですね。子供は純粋ですから。まあ、Ωの本能かもしれませんがね』 『君なら良い母親になりそうだ』 『そうだと嬉しいです』  お世辞でも褒められたと事実が、単純に嬉しかった。そしてそれを、宗佑も覚えていたのか…… 「一瞬だったけれど、嬉しいと微笑んだ君の横顔が綺麗だと思った。同時に、君の子が欲しいとも。その瞬間、私は君に惚れたことに気がついたんだ……信じ難いかもしれないけれどね」  そう言って頬を赤らめた。  たったそれだけのことで? 俺は耳を疑った。恵のように美しいのならまだしも、俺は誰がどう見ても平凡顔だというのに。これから結婚しようというのに、そんな曖昧な理由を、結婚に反対するあの陸郎に伝えたとして、すんなり信じてくれるわけがない。  それなのに、どうしてだろう。腹の奥から込み上げてくるこの喜色の感情は。嬉しくて嬉しくて、堪らない。  俺は宗佑の手に触れると、彼もまた指を絡めて握り返した。 「私はあの時、里中と名乗った。君も田井中とだけ名乗り、その場は別れた。それで充分だと思った。君の通う学校は着ている制服で覚えたし、またいつでも会えると勝手に信じていたからな。でもまさか、君がすでに三年生であの後すぐに卒業してしまうとは思いもしなかったよ」  そうだ。俺はΩということもあり、顔立ちや体格が同学年の同性よりも幼く見られてしまう傾向にある。十八歳を過ぎた後も、俺を成人として見てくれる人間は多くなかった。  いや、違うな。きっと顔つきからしてそう見られなかったのだろう。俺は何もかもを諦め生きていたのだ。俺さえ自分の気をしっかり持っていれば、高校生活も充実して過ごすことができたかもしれない。そうすれば、たとえ幼く見られてしまう身体だとしても、周りは俺を成人として認めてくれたかもしれないのだ。その芽を摘んでいたのは、他でもない俺自身だった。  そしてもしも、諦めずに人生を歩んでいたなら、こうやって宗佑と出会うことはなかっただろう。俺は心の中で苦笑した。結局、考えたところでどうにもなりはしない。もしもはもしもでしかないのだから。  それからは宗佑曰く、俺の捜索が始まったらしい。 「私は丹下の養子に入り、タンゲデンキの役員として仕事を始めた。丹下本家の仕事と役目も引き継いでね。しかし里中としての自分も捨てたくはなかった。続けられる仕事は今後もやっていきたいと、周りを説得してそのまま続けることを選んだんだ。そしてその内の一つである、作家としての活動の中、田井中という編集者を知ることができた。まさかとは思ったけれど、ビンゴだった」  それは偶然なのか、はたまた運命なのか。今の俺には、後者しか頭に浮かばない。  そして宗佑が時折卑下をする彼自身の性格について、俺はよく知ることとなる。彼は俺に頭を下げた。 「圭介に謝りたいことがある。もはや気づいているのかもしれないが……私の下へ君が来ることになったのは、俊介さんからの話に私が名乗り出たことになっているね。でも実は、私が圭介を手に入れる為に俊介さんを唆したんだ。すまなかった」 「えっ? 唆したの?」  コクン、と宗佑が頷いた。耳も尻尾も若干、しょげたように垂れている。  父さんのあの様子では、宗佑に唆されたとは微塵も気づいてはいないだろう。それもそのはず。これは陸郎が俺と父さん達を切り離すと言ったからこその話だからだ。  何処でどう宗佑が舵を切り始めたのかはわからない。いったいどういう話術を披露したら、この結末に辿り着くというのか。なんだか、αの地味な才能を垣間見てしまった気がする。  俺は感心したように驚いていると、宗佑はそのままの状態で言葉を続けた。 「もう一度君に会いたかったんだ。そして再び会えるのかと思うと、自分の胸が高鳴った。俊介さんは私と約束し、君は私の下へ来ることになった。顔もろくに晒せなかったあの時とは違い、身なりを整え少しでも紳士らしく出迎えようと年甲斐もなく心踊っていたよ。それに里中と名乗っていれば、あの時の獣人だと、君に思い出してもらえると思っていたんだ。……だが、君は私を目にして怯えてしまった」  俯いたままの宗佑の目が曇った。  あの時のことは今でも悔いている。こんなに優しい宗佑相手に、恐怖が露骨に出てしまっていたのだから。 「だから……選んだんだね」  俺の言葉に宗佑が頷いた。きっと、様々な思いが宗佑の中で駆け巡ったことだろう。  人型になる薬に手を出せば、俺と宗佑の将来の望みを摘んでしまうこと。そして二度と本来の姿に戻れなくなってしまうかもしれないこと。しかしそうまでしても、俺を手に入れられないかもしれないことを。  そんな大きな覚悟を、宗佑はあの短い時間の中で決めたのだ。 「ありがとう、宗佑」  だがもう、俺は謝罪を口にしない。俺が紡ぐのは、ありったけの感謝の気持ちだ。曇っていた顔の宗佑は、安心したような、嬉しいような、そんな笑みを浮かべた。 「君に触れ、抱いた時は天にも昇る思いだった。ああ、ようやく私の下に来てくれたんだとね。しかし君は……私のことを『マサオミ』と呼んだ」  正臣の名を耳にして、俺の胸が大きく跳ねた。そうだ。俺はあの時、宗佑ではなく正臣を求めていた。  うわ言でずっと、正臣、正臣と呼んでいたのかもしれない。いや、絶対にそうだ。俺は再び正臣に抱いてもらえたと喜んでいたのだから。  重ねて失礼な話だ。それでも宗佑は、気を悪くするどころか…… 「まさか別の想い人がいるのかと、発情に乗じて抱いてしまったことに罪悪感を覚えたよ。しかも君は処女で、ほとんど意識のない状態で抱いてしまったんだ。発情を抑える為とはいえ、誰かを大切だと想う君の心を無視して無理やり手に入れてしまったということに、ようやく気づいたんだよ……」 「それはっ……」  俺が違うと否定しかけたところで、宗佑は手を翳してそれを止めた。  ああ、そうか。それが疑問で、ずっと気に病んでいたのだとしたら宗佑はもっと早くに、俺を問い詰めているはずだ。俺のことを想うのなら、なおさら。  だが、宗佑は俺の気持ちに気づいていた。俺と番になる時も、とても気を遣ってくれていた。俺が宗佑の顔から誰かを想うことにも気づいていた。そしてそれを告白した俺を受け入れてくれた。彼の方から抱くことを控えた時期があったのも、子供のこともあっただろうが、それ以上に彼の中でこれでいいのかという躊躇いがあったからかもしれない。  宗佑はずっと、待っていてくれたのだ。 「『マサオミ』という名には聞き覚えがある。私の曾祖父が最も嫌っていた男の名だったからね」 「……だろうね」  生まれ変わってから知った、実の息子の思いだ。陸郎達にも言い続けていたのなら、きっとその息子達にはさらに酷く語り継がれていることだろう。  俺はフッと笑った。こんなに恵まれたΩはいないぞ、と。今から宗佑を通して一喜に……丹下の血を引く者に語れるのだから。 「話してくれるかい? 圭介。君が何者なのかを」  宗佑もまた、穏やかな表情で耳を傾けてくれた。  俺は少し長くなるけれど、と。一応の前置きをしてからゆっくりと語り出した。  子宝に恵まれたとあるΩの、幸せだった一生を。

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