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第6話「そして、どこに向かうのでしょうか」

 神父様は、オレとセックスはするくせにキスはなかなかしてくれない。チンコはどっちの口でも咥えるってのに……。  恥ずかしいのかなんなのか知らねぇけど、だからこそ「接吻をくれてやる」なんて言われると俄然(がぜん)やる気が出る。 「んじゃ行ってきまーす。日が沈んだら帰るんで!」  もう一度寝床に戻った神父様に声をかけると、神父様は毛布を被ったまま返事をしてくれた。 「……沈む前に帰れ」 「心配いらねぇっすよ。オレは夜でも全然平気です」 「愚か者。貴様の心配をしているわけではない。出会い頭に『うっかり』殺される憐れな民を憂いているのだ」 「……ですよねぇ」  神父様を陵辱し、死ぬような目に遭わせたのもオレみたいな「盗賊」だ。冷たく当られるのも仕方ねぇってわかってる。……屍姦のことも根に持たれてるだろうし。  だからこそ、護らなきゃって思う。  神父様は、オレみたいなクソ野郎に縋ってくれたんだから。  オレのところに堕ちてきた神父様が、それでも「生きる」ことを選んでくれた。……それだけで、ありがたいことだ。 「……念の為言うが、せめて朝までには帰れ」  玄関に向かうと、もう一度声をかけられた。 「んぉ?」  振り返ると、神父様がいつの間にか寝床から起き上がり、オレの後ろをついてきていた。 「分かっているだろう」  目線を下に向けながら、彼は囁くように吐き捨てる。 「……私は、貴様に抱かれねば眠れない」  ***  ひとっ走り遠くの方まで走って、景色を確認する。  似たような景色が続いて、ガラッと変わって、またちょっと似たような感じになって……を3~4回繰り返した辺りで、次の拠点を探すことにした。  近すぎてもすぐ見つかるし、遠すぎると移動の時に目立つ。ある程度までは撃退できるけど、追っ手の人数が増えた時に困る。それなりに、微妙な塩梅でやらなきゃならないのが難しい。  今の時代、()てられたり壊された屋敷は珍しくねぇし、そこは助かるんだけどな。  日が傾いて来たあたりに、塀だけが残った屋敷を見つけた。壁やら柱やら屋根やらは、すべて石材や木材にされちまったんだろう。……ただ、周りの住人の気配が少なかったり、井戸がまだ使えたりして、立地は悪かねぇ。  つっても、さすがに新しく建てるのは時間がかかる。どう考えても目立つしな。  んで、地面を掘ってみることにした。足音の響き方からして、地下室は残ってそうだったし。 「……お、あったあった」  昨日の刺客が持ってた干し肉を齧りつつ掘り進めていくと、案の定、埋もれた地下室を見つけた。  入ってみると骸骨だの血痕だのが散乱してて、「うへぇ……」と思ったが、このご時世だと珍しくもねぇ。  問題は教会……っつぅか、礼拝堂か。  最悪我慢してもらうか……って、思ったけど、ちょっと歩いたところで朽ちかけた十字架が目に入る。この距離なら通えるだろうし、問題ねぇだろう。  空を見上げると、もう薄暗くなりつつあった。  神父様に怒られるし、急いで帰らねぇと。  ***  息を切らせて扉を叩く。全速力で走ったから、ちっとばかし胸が痛い。  もうかなり暗いが、橙の光が紫の空にちょこっと残っている。ギリギリセーフ……だと、思いたい。  扉の隙間から、こちらを伺うような気配を感じる。やがて、ゆっくりと扉が開き、神父様の綺麗なお顔が目に入った。 「いい感じのが見つかったっす。明日、一緒に見に行きましょ」  そう伝えると、神父様は「そうか」と呟き、オレを手招いた。  扉が軋むような音を立て、閉まる。窓さえ閉ざされた部屋の中、蝋燭の灯が煌々と燃えている。  部屋の隅っこに移動したところで、神父様は立ち止まった。 「ここで」  光が届きにくくて、表情はよく分からない。  何の話だろ……って思ったけど、吐息を間近に感じて、察した。 「……ッ」  暗がりの向こうで、悩んでいる気配を何となく感じる。  照れているのか、嫌がっているのか、オレにはわからない。ただ、本人が「くれてやる」って言った以上は待つしかねぇだろう。  そろそろと、肩にしなやかな手が伸びる。ごくりと唾を飲む音が、鼓膜をくすぐる。  やがて、唇に柔らかい感触が触れた。 「……それだけで、良いんです?」  ちょっと意地悪をしたくて、聞いてみる。  血じゃなくて精液でもアリってことは……当然、「唾液」でもアリってことだし。  神父様の手に力がこもる。彼は無言で再び口付けると、薄く唇を開いた。  ……どうやら、「来い」ってことらしい。 「……んっ」  開かれた唇を舌でこじ開けると、小さく嬌声が漏れた。そのまま舌を口の中に押し込み、歯列をなぞる。  尖った牙に触れると、神父様は焦ったように身体をよじった。 「……? なんです?」  唇を離し、聞いてみる。  相変わらず、表情は分からない。  赤い瞳だけが、暗がりにぽつんと浮いている。  神父様は吐息が熱くなっているのを隠せないまま、ぼそりと呟いた。 「怪我を、するぞ」  一瞬、なんのことかわからなかった。  言葉の意味に気付いた途端、猛烈に愛しさが込み上げてきて、今度はこちらから口付けた。 「ん……っ」  本気で抵抗すれば逃げられるだろうに、神父様は抵抗しない。  きっと、キスが嫌なわけじゃない。……キスの時に、血が欲しくなるのが嫌なんだ。 「……っ、は……。別に良いのに……」  息継ぎの合間にそう告げ、また口付ける。  唇をこじ開けるように舌を差し込み、再び牙に触れる。舌先が傷つくと、そこからじわじわと快感が広がっていく。  この牙、刺されると結構気持ちいいんだよなぁ……。たぶん、「捕食」のためにそうなってんだろうけど。  口の中に、オレの血の味が広がる。  神父様は小刻みに身体を震わせつつ、喉を鳴らして血の混ざった唾液を飲み下していく。  舌を絡め、今度はオレが神父様の唾液を貪る。  甘い痺れが舌から脳に広がって、たまらなく心地いい。 「……どうです?」  快感にふらついた足取りが、意図せず灯の下へ神父様を連れ出した。神父様の方がオレよりちょっとだけ長身だから、オレが彼を支えつつも見下ろされる形になっている。  蕩けた赤い瞳が、オレの茶色い瞳を映す。口の端から、ほんのり血の混ざった唾液が溢れているのが見えた。 「……ッ、ぁ……」  血を飲んだからか、それともキスのせいか、神父様の頬はすっかり赤く火照っていた。普段が青白いから、余計にわかりやすい。  やべ、どうしよう。こっちからがっつきすぎるのも良くねぇし……でも、我慢できそうにねぇ。  ここで、抱きたい。  腰に触れ、そのまま尻の方へ手を伸ばす。  神父様は察したように目を見開き、胸元のロザリオへと手を伸ばした。 「……神父様……っ、オレ……ヤりたいです……」  耳元で囁くと、息を飲む音が聞こえる。  静寂の中、はぁ、はぁ、と、互いの荒い吐息が響く。 「お赦し、ください」  神父様はロザリオを握り締めたまま、自らの上着に手をかけた。  ……それが、答えだった。

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