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第13話「光を見ました」

 不甲斐ない……って、こういうことなんだろうな。  オレは今まで、自分の力の根源ってのをわかってなかった。「自分が生きるための力」だけじゃ、神父様を護る力には及ばない。  あの「影」に絡まれていた以上、下手に動いたら何をされていたかわからない。直感が「自分が生きること」だけを優先していたから、神父様がピンチなのに、まともに動くことができなかった。 「……くそ……」  オレは人殺しで、ろくでなしの盗賊だ。でも……神父様と逃げるようになってから、こんなオレでも愛する人を護れるんだって、本気で思ってた。  だけど、結局オレは自分が一番大事で……神父様が危ない目に遭ってるのに、動けなくて…… 「ヴィル」  名前を呼ばれて、考えごとが途切れる。  抱き締めた腕の中で、神父様がわずかに身じろいだ。  良かった、喋れるくらいには回復してくれたのか……。  悔し涙を拭き、「何ですか?」と問いかける。 「私のことはいい」  まだ上手く動かせないのか、神父様の身体はぐったりしたままだ。 「頼む。……無茶だけはするな」  脳裏に、弾が当たるのも構わずに突っ込んでいった姿が浮かぶ。  無茶してんのは、そっちだろ。  人間じゃないとか、吸血鬼だとか、細かい違いはオレにはよく分かんないけどさ。痛いもんは痛いし、苦しいもんは苦しいだろ。 「こっちのセリフだっつの、馬鹿……」  思わず漏れ出た言葉に、神父様は何も答えなかった。  ***    神父様を運ぼうと、傷ついた体を担ぎ上げる。  地下室の天井も壊されちまったけど、日が昇る前にせめて日陰には連れていかないと。  壁際に神父様の身体をもたれさせ、栄養を取らせようと下穿(したば)きに手をかける。 「……外で……」  ……と、神父様がかすかな声で呟いた。敷地内でそういうのはやりたくない……ってことかな。別にいいじゃん……って思ったけど、神父様にとっては大事なことだ。  担ぎ直して教会の外へと連れ出すと、空がほんのり明るくなりつつあった。 「……おや?」  誰かの声がして、思わずビクッと肩を震わせる。  恐る恐る振り返ると、馬車から降りてきたばかりの婆さんと目が合った。 「こんな廃墟に、いったい何の用ですか」  シスター服を着た婆さんは、警戒した様子でオレに話しかける。 「え、ええっと……その……神父様が……」  神父様はまだ弱っていて、ちゃんと話せるか微妙だ。つってもオレだって口が汚ぇし、ちゃんと話せる自信なんかねぇんだけど……  しどろもどろになりつつ、どうにか言葉を探す。 「け、怪我……しちまって……」 「……! まさか、救援を……?」 「え、えっと……まあ、うぃっす……」  そりゃ、助けてもらえるなら、助けてもらいたい。  神父様の負担が少しでも減るんなら、それに越したことはない。 「偶然祈りに来ていて良かった……。これも神のお導きです。再建した修道院が西の方にありますので、そこで手当しましょう」 「……! で、でも……」  前の町医者はヤブだったから見抜かれなかったけど、手当されたら神父様が人間じゃねぇってバレるんじゃ……とか、そもそも修道院? だかなんだか知らねぇけど、教会絡みだと追っ手がすぐ来るんじゃ……とか、嫌な予感が頭を過ぎる。  でもこれ、断ったらオレが神父様を襲撃した盗賊っぽくねぇか? 勘違いされたら、余計ややこしくならねぇ……? 「……お気になさらず」  オレがまごついていると、神父様が答えてくれる。 「大した怪我ではありません。足を痛めたので、弟子に運ばせていただけのことです」 「カソックがぼろぼろではないですか。痩せ我慢はおやめなさい。ほら、早く」  婆さんシスターに一蹴され、神父様はあれよあれよという間に馬車に連れ込まれた。  御者の視線が痛いので、オレもそそくさと乗り込む。 「賊にやられたのですか?」 「……うす」 「それはそれは……災難でしたね。この修道院も昔、賊の襲撃を受けまして……このような無惨な姿に……」  いやまあ、オレも賊なんだけどな。  どうしよう。超気まずい。 「……お恥ずかしながら、正規の宗教施設ではなく、さる富豪の援助を受けた見せかけの修道院です。その点は、ご容赦くださいね」 「…………構いません」  婆さんの言葉に、神父様は口数少なに頷いた。  オレ達にとっては、むしろありがたかった。  ***  聖ミヒャルケ修道院……と、看板には書かれていた。  神父様は腹を押さえてふらつきながらも、「……ああ」と呟く。 「ミヒャルケ商会か……父上が、懇意にしていたな」  懐かしそうに目を細め、神父様の声がちょっとだけ優しくなる。  ……そういやオレ、神父様の家族のこと、何も知らねぇな……。 「……まあ、このカソック、穴だらけではないですか」 「えっと……ホラ、色々あって……」  婆さんシスターが口に手を当て、目を丸くする。  どう言えばいいのかわからなくて、濁しておいた。 「繕わせておきます。上着を脱いで横に……まあ、シャツが真っ赤」 「い、色々あったんすよ! なぁ神父様!」  どう誤魔化せばいいのかわからなくて、神父様にぶん投げる。  神父様はじろりとオレを睨みつつ、眉間にシワを寄せて言葉をひり出す。 「……お気になさらず。返り血のようなものです」 「あらまあ……。撃退なさったの?」 「ええ……少しばかり、腕に覚えがありまして」  神父様ー!?  それ誤魔化せてるー!? 「……それはそれは……。申し訳ありません。身を守るためとはいえ、話しにくい事情だったでしょう」  意外にも、婆さんシスターはすんなり信じてくれた。 「私にも、似たような経験がありますので……」  マジか……。強いな、婆さん……。  オレがうろたえている間に、神父様はベッドに横たえられ、上半身の衣服を全部脱がされていた。 「お客様?」 「綺麗な殿方ね……」 「こら! あまり見るものではありませんよ!」  部屋の外で、若いシスターたちの囁き声が聞こえる。たしなめるような声も飛んできた。  まあ、そうなるよな。肉付きも綺麗だし、顔も美形だしな。……渡さねぇけど。 「……傷は……治りかけ……?」  婆さんがぼそりと呟いたのが聞こえる。  頼む、気付かねぇでくれ。 「あまり……見ないでいただけますか。お互い聖職者とはいえ、美しい女性に見つめられるのは気恥ずかしく思います」 「あらあら……失礼しました。神父様とはいえ、若い殿方ですものね」  神父様の誤魔化し方に、なんか、タラシっぽさを感じた。無自覚だろうけど、さすがはオレをベタ惚れさせたお方だ。  婆さんはくすくすと笑い、ふっと優しい目になる。 「気になさらなくていいのよ。……長く生きていれば不思議なことの一つや二つ、経験します」  婆さんの言葉に、神父様は目を見開いた。  ……たぶん、婆さんにはもう気付かれてる。その上で、親切にしてくれている……のか……? 「……大丈夫。悪い人たちでないと信じます。だって、あなた……とても澄んだ目をしていらっしゃるから」  婆さんはオレの目を見つめ、穏やかに笑う。 「申し遅れました。私は、マリアといいます」  胸の前で指を組み、彼女はそう名乗った。

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