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第16話「黄昏に道を示す」

 変態野郎の襲撃(?)から一夜明け、修道院の朝は何事も無かったかのように始まった。  マリアさんから本を渡されて読んでみたけど、全然わからなかった。  文字が読めるだけじゃダメっぽいから、神父様に教えてもらおうと寝室に向かう。まだ寝てるかもしれねぇけど、それなら起きるまで待っておこう……って、考えてたんだけど…… 「あっ、ダメじゃないすか。寝てないと……」  オレの予想に反して、神父様は起き上がっていた。  それどころか、床に片手をついて腕立て伏せをしている。 「鍛えねばすぐ衰えるだろう」 「いやいや、胴体に穴空いたんすよ!?」 「もう塞がった。ヒトだった頃のものと違い、痕もない」  サラッと言うけど、もう人間じゃない……ってことを受け入れたっていう感じはしない。  ……どっちかっていうと、ヤケになってるように見える。 「……じゃあ、ちょっと見せて欲しいっす」  オレの言葉に、神父様はためらいつつ服を捲りあげ、刺し傷の残った腹筋を見せる。  確かに銃創は見当たらない。 「もっと上の方にもあったような……」 「ま、待て、見せただろう……!」 「隠すと余計に怪しいっす」  オレの言葉に、神父様はぐっと言葉を詰まらせる。  抵抗する力が緩んだので、そのまま一気に脱がした。 「……ほんとだ」  あれだけ大きく空いたはずの穴は、もうどこにも見当たらない。  じゃあなんで抵抗したんだろうと思って神父様の顔を見ると…… 「……ッ」  なぜか耳まで赤くし、プルプルと小刻みに震えていた。 「……? あっ、もしかして、襲われると思ったんすか!?」 「……日頃の行いを振り返ってみろ……」  そう言われると、警戒されそうなことしかしてない。いや、今だってほんとは腹筋撫で回したいし乳首もしゃぶりたいけど、あんな怪我してた神父様に乱暴はできないし…… 「ビビらせちまってたらすみません! 身の危険感じたら、遠慮なくボコったり殺したりしてくれていいんで!」 「……私に罪を犯させるな、愚か者」 「あれ? 前はとどめを自分が刺すって……」 「…………その、そういうことではないのだ」 「ん?」  なんか、神父様……いつもより歯切れが悪い。  調子悪いのかな、やっぱり。 「わ、私は……貴様に、傷付いて欲しくない……」  最後の方は消え入りそうな声だった。なんでか、顔からは湯気が立ち上りそうになっている。  あー、そっか。神父様は優しいから、本当は誰かを傷つけたり苦しめたくないんだった。 「わかりました! 気を付けるっす」 「さては、何一つわかっていないな貴様……」 「へ?」 「いや、もういい。気にするな」  神父様は真っ赤なまま、ふいっとそっぽを向いた。  なんか、気に障ること言っちまったかな……。 「とにかく! 身体に負担かかることはダメっすよ」 「もう塞がったと言うに……」 「どうせ近々ここを出るんすから、しっかり休んでてください」 「……だが」  神父様をなだめて寝床に押し込めると、文句ありげに睨まれる。 「昨日まで血吐いてたじゃないすか。もう吐かなくなったんすか?」  そう言うと、「ぐ……っ」と一言漏らし、誤魔化すように寝返りを打った。  ……ほら、言わんこっちゃない。 「じゃあオレ、ここの周りを見回ってくるんで、大人しくしてて欲しいっす」 「……ああ」  あ、そうだ。本の読み方教わろうとしてたんだっけか。  ……まあいいや。しばらく寝ててもらお。  ***  修道院の外に出て、怪しい影がないか見渡す。雪の上の足跡は誰が誰やらって感じだけど、雪景色の中であの黒い修道服? はよく目立つはずだ。  修道院の中だと手が出しにくいってのは何となくわかったけど、「出た途端」の襲撃はめちゃくちゃ有り得る。  赤毛野郎からは硝煙の匂いがするし、近付くことができりゃ、場所はわかりやすい。  どこを拠点にしているか探り当てられれば、先手を打つこともできる。  ……つっても、あの赤毛は神父様を殺すのにためらいができちまっている。もう少し腹の内が分かれば、動きやすいんだけどな…… 「ね? 僕の言った通りだろう?」  ……と、背後から聞き覚えのある声がする。 「ここにいれば、向こうから訪れる……って」  いつの間にやら、金髪の悪魔祓い(エクソシスト)……名前はえーと……気持ち悪すぎて記憶から消えてるヤツ……が、そこに立っていた。 「ふふ、惚れ直したかい愛しい人(アモーレ)」  なんて、「誰か」に話しかけている。  話をする隙はありそうだから、ガンを飛ばしつつ伝える。 「……神父様は殺しに来ない限り、誰も殺す気はねぇんだ。いい加減諦めろよ」  そりゃ、栄養はつけなきゃだけどさ。  それはオレだけのぶんでもどうにか我慢してくれてるし、怪我させるから余計に血が必要になるんだろ。わざわざ突っつかなきゃ、神父様だって傷つかずに済むし、神父様が傷つかないなら、オレだってわざわざ手を出そうとは思わねぇ。  ……もちろん、傷つけるなら容赦はしない。  神父様を殺そうとするヤツは、オレが殺す。 「まあ、僕は殺す気なんて全然ないんだけど……あくまで教会の方針を伝えるとね、コンラートくんには消えてもらわなきゃいけないんだ」 「……! なんで……!」 「身内の恥だからさ。『聖職者から異端が出た』……この事実が知れ渡る前に、迅速に『処分』してしまいたいんだよ」  金髪野郎はニコニコと笑いながら、それでも青い瞳に影を滲ませた。 「例えそれが、生まれつきだったり、望まぬ変化であったとしても……ね」 「……ッ!」  オレには、教会のこととか、世間のことは全然わからない。  異端だとか、破門だとか、ざんげ、だとか……えーと、じょかい? だとか……意味さえよく知らない言葉だらけだ。  だけど……だけどさ、やっぱり、おかしいだろ。  どうして神父様が、こんな目に遭わなきゃいけねぇんだ。  背後でふわりと硝煙の匂いが香る。とっさに回し蹴りを放つと、赤毛野郎が背後に飛んで回避したのが見えた。被ったベールがひらりと空中に舞う。……あれ、前までこんな服着てたっけか、こいつ。 「逆に言えば、わたし達も人目に付く場で派手な行動ができないの。……カソック姿の異形が悪魔祓いと戦っている姿を群衆に見られでもしたら、厄介なことになるわ」  地面に着地し、赤毛野郎は乱れた前髪を元の場所に整える。  チラッと、大きな傷痕が見えた気がした。 「追っ手が基本一人ずつだったのも、それが理由よ。もっと言えば、口が堅い者……もしくは何らかの方法で『沈黙を約束できる』者を選ばなきゃいけない。聖職者……それも司祭階級が吸血鬼になった、なんて、今の情勢じゃ知られたくないのも当然よ」 「あれ? なんだか、やけに情報を伝えるね。さては情が移ったかい?」 「お黙り」  不思議そうな金髪野郎をじろりと睨み付け、赤毛野郎は腰に手を当てる。 「ヴィルだったかしら。あんた頭悪そうだから、もう一度言うわね」 「フラテッロ、もうそこまで来ると助言を通り越して親切だよ」 「だからお黙り! テオドーロ、あんたは放っておけるの!?」 「うーん、開き直ったね! まあ、でもわかるよ。僕も今すぐ攫って心と身体を慰めたいくらいだ」 「チンコもぐぞ変態」 「いい加減去勢されたいのかしら」 「なんでそこ気が合っちゃうかな?」  偶然にもオレとマルティンの言葉が被り、金髪変態悪魔祓いはぱちくりと目を見開く。  マルティンは神父様に大怪我させたけど、なんやかんや役に立ってくれそうだから許す。よく見ると首元から包帯が覗いているし、あっちもあっちでそれなりに怪我はしてる。それはそうとして殴りたくはあるけど。  だけど金髪。こいつはダメだ。少なくともチンコは取っとかねぇと神父様が危ねぇ。 「良いこと? わたし達の立場じゃ、次に出会ったら戦わなきゃいけない。……だけど、『人目に付く場では、派手な行動ができない』……もう覚えられたかしら、坊や」  腰を(かが)めつつ、マルティンはめちゃくちゃ丁寧に伝えてくる。  いや誰が坊やだよ。確かに歳上っぽいけど、オレや神父様とそこまで変わんねぇだろうがよ。 「てめぇはオレの母ちゃん(ムッティ)か」 「ムッティ…………」 「えっ、なんか嬉しそうにされた……」 「良かったねフラテッロ。僕も頑張って君を本当のお母さん(マンマ)に……あいたたたたたなんで僕は蹴られるんだい!?」  なんでそこまで気にしてくれるのかとか、そもそもマルティンが今着てるそれシスター服じゃねとか、変態悪魔祓いとどういう関係? とか、気になることは色々ある。  ……だけど、大切なことは大方聞いた。どこまで本当かはわからないけど、神父様に伝えればしっかり考えてくれるはずだ。 「あ、そうだ。ついでに『僕の妻になるならいつでも歓迎だよ』って伝えてくれるかい」 「あ? 誰が伝えるかぶっ殺すぞ」 「……なんで僕、こんなに殺意を向けられているんだろう?」 「…………自分で考えなさい」  ぼやく金髪野郎とため息をつくマルティンに背を向け、神父様の部屋に向かう。 「……とと、あんがとなマルティン! てめぇは良いやつだし、戦わねぇこと祈っとくよ!」  一応、振り返って礼を伝えておいた。  戦いになったら殺さなきゃだけど、それは向こうも同じだしな。 「ええ、くれぐれも気を付けなさい!」 「あれ? 僕は?」  アホっぽい声が聞こえたのは無視しておいた。  *** 「神父様ぁ、身体の方はどうっすかー?」  ドアを開けると、神父様はベッドに座り、オレが置いていった本を読んでいた。 「……あ、それ……」 「まだ、貴様に読書は早かろう。教えてやると言いたいところだが、明日には()たねばならんらしい。後日、共に読む機会を設けよう」 「でもその本、マリアさんの……」 「譲ってくださるとのことだ。後で感謝を伝えておくがいい」 「マジか。じゃあ今度一緒に読みましょ。オレ一人じゃ難しくって……」  ぼりぼりと頭を掻き、ベッドのへりに座る。……そこで、本題に入った。 「……そういや、例の悪魔祓いと会いました」 「な……っ! 怪我はないか!?」 「全然大丈夫っすよ。……それで……」  オレが話し始めると、神父様は真剣な表情で聞いてくれる。  これからどうなるかはわからないけど、前に比べると、希望が見えないわけじゃない。 「……なるほど。うかつには真偽を判断できないが……真実だとするなら『顔見知りがいる』ことはこちらにとって有利に働く、か……?」  考える神父様の表情にも、以前よりずっと余裕が見える。  神父様がまた笑ってくれる日も、そう遠くないかもな。 「オレはどこでも着いてくし、どこに行っても護ります」 「……そうか」  カーテンの隙間から差し込む夕暮れの陽が、神父様の表情を照らす。赤いのが夕焼けのせいか、神父様の顔色か、見分けがつかない。 「……ありがとう……」  とても小さな声を、どうにか聞き逃さずに済んだ。  思いっきり抱き締めると、神父様も、背中に手を回してくれた。

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