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第15話「人の愛」

 玄関の方に行くと、シスター達の噂話が聞こえた。  神父様の時と同じように、綺麗だとかなんとか、そんな声がする。 「僕はね、かつて愛というものがちっとも理解できなかった。ついでに言えば、肉欲もね」  ……と、噂話に紛れて、男の声がした。  ちょっと高くて甘い感じの声で、人気が出そうなのもわかる。  マリアさんと共に玄関に辿り着くと、柔らかそうな金髪で輝く碧眼(へきがん)の優男が目に入った。整った顔はなぜか生傷だらけだが、神父様とは違った系統の美形だ。 「けれど、偶然悪魔祓い(エクソシズム)の現場を見て……僕は、自らの愛欲の正体とその素晴らしさを知ったんだ」  金髪の悪魔祓いは、聞いてもいないことをべらべらと、身振り手振りも踏まえて語る。 「そう……僕は世界中の美しき異形……主に女性を愛するために生まれてきたんだと!!!」  いかにも貴公子って感じの見た目だが、話し終わった頃には周りのヤツらはドン引いて距離を置いていた。  まあ、うん、そりゃあな。 「さて、件の吸血鬼(ヴァンピーロ)くんはどこかな? 大丈夫、僕は殺したり傷つけたりしないよ。むしろ、思う存分愛してあげよう」 「ぶっ殺すぞてめぇ」  だいたい、ここの人らはマリアさん以外事情を知らねぇはずだし、大声で吸血鬼だのなんだの言うんじゃねぇよ。神父様のこと休ませてやらなきゃなのに……。  あと単純にムカつく。オレのが神父様のこと愛してるっつの。 「安心して欲しい。ちゃんと別邸に囲ってみんな平等に愛を注ぐから。なんなら僕が通ってもいい」  変態悪魔祓いは両手を広げ、歯を見せて笑う。  いや、何を安心しろってんだ……? 「嫉妬深い子達に時々引っかかれたり殺されかけたりもするけれど……そういった熱烈な愛も、僕は大歓迎だよ」 「話が全然わかんねぇんだけどよ……要するに人間じゃない女のが好みで、ハーレム作りてぇってことでいい?」 「その通り(エッザート)! しっかり分かってるじゃないか!」  聖職者ってなんだっけ。 「こちらの方から、なんとも(かぐわ)しい匂いがするね。心が落ち着く匂いだ。……早く対面して、この愛を伝えたいよ」 「それ全然落ち着いてねぇじゃん」 「落ち着いているとも! 普段なら飛び込んでハグをしてるところさ!」  神父様、今じゃオレとセックスするわ死体を踏み付けるわ酒に酔うわ、聖職者としては不真面目になったよなーとか思ってたけど、こいつ見てるとまだまだ全然真面目なんだなって思えてくる。  神父様、アンタもっと自信持っていいよ。現役聖職者にコレがいるんだぜ。 「話を聞く限り、なかなかの美丈夫らしいじゃないか。男でも抱けばいつか女性になるし、会うのが楽しみだよ」 「……あ? ふざけんな指一本触れさせねぇぞ」  寝室に向かおうとする足を蹴飛ばし、腕を捻り上げる。……なんだこいつ、細すぎる。腕も身体もひょろひょろしてて、簡単にへし折れそうだ。  さすがに弱っちすぎるだろ……? 「痛い痛い痛い!!! ダメだよ暴力は! 『彼女』が怒る!!」  バチッと腕に衝撃が走り、見えない力に弾き飛ばされる。  呆然としていると、金髪野郎の周りに「何か」の気配を感じた。 「いつもありがとう、愛しい人(アモーレ)。今回も助かったよ」  ……なるほどな。本人が強くなくても、強い「何か」に頼れるってわけか。 「僕の愛は海のように深く、そして広い。分かってくれるかい?」  言ってることはよくわからねぇけど、こいつが厄介だってことはよくわかる。こんな変態が寝室で弱ってる神父様を見たら、早速その場で色々おっ始め……  よし、ぶっ殺す。  いやいや落ち着けオレ。ここで殺すのはヤバい。せめて外に引きずり出して、股間から先に潰して念入りに挽き肉にしねぇと……。血は残さなくていいよな。なんかこいつの血、腹壊しそう。 「うるせぇオレの愛だって……えっと……なんかよくわかんねぇけどてめぇよりすげぇから!! 神様にも負けねぇし!」 「神の愛と人の愛は違うんだよ?」 「えっマジで!?」 「うん」  くそ、学のなさが悔しい。 「……あ?」  その時、外の方から走ってくる足音が聞こえる。思わず距離をとると、長身の影が姿を現した。 「あれ、遅かったじゃないか修道士(フラテッロ・)……ぐはぁ!?」  見覚えのある赤毛が視界に入った瞬間、変態野郎は顔面に飛び蹴りをくらい、廊下の向こうへ吹っ飛んで行った。  かつてオレたちに向けたのよりよっぽど殺意に満ちた視線で、赤毛野郎は金髪野郎を見下ろす。 「……ご迷惑をおかけしました」  目を回す金髪を引きずり、赤毛……えーと、名前はマルティンだったっけ? は玄関の方へと向かう。  マリアさんは困惑を通り越して混乱しきった様子で、マルティンの方へ話しかけた。 「……結局、何の用だったのですか?」 「気にしないでちょうだ……気にしないでください。この男、頭がだいぶアレなの」  艶っぽい口調を隠す努力は見えるけど、怒りのせいか全然隠しきれていない。 「遅かったじゃないか……じゃないのよ。あんたが勝手に飛び出したんでしょ。あと、なりふり構わず口説くの何度目よ。仮にも元神父でしょあんた」 「ふ、フラテッロ・マルティン……出自がどうあれ、僕は……少なくとも今は、一介の悪魔祓い(エクソシスト)だ。より多くの異形……特に女性を救うのが僕の使命なのさ」 「戯言は後で聞いてやるから、とっとと帰るわよ!」  マルティンは額に青筋を何本も立て、変態を引きずって帰っていく。  そっか……苦労してんだな。この人も。 「僕はテオドーロ! もし心が惹かれたなら、いつでも胸に飛び込んでおいで!」 「お忙しいところ本ッッッ当に失礼しましたぁ!! あと、そこのチンピラ! 今回は『会ってない』から特別よ!」  最後にオレを指差し、マルティンは変態野郎を引きずって立ち去っていった。 「……えっと……どういうことなんですか……?」  若いシスターが、マリアさんに向かって問いかける。 「不審者が入り込みました。それだけのことです」  マリアさんはいっそ振り切れたような表情で、静かに十字を切った。さすがマリアさん。強い。  ***  騒動が収まった頃に、神父様の寝室に戻る。  神父様は出て行こうか出て行くまいか迷っていたらしく、ドアの前で棒立ちになっていた。 「……何が、起こったと言うのだ……?」  神父様は訳が分からない、と言った様子で、目を白黒させている。そうなるのも仕方ねぇよ。  混乱する神父様を抱き締め、誓う。 「神父様はオレが護ります。……ずっとずっと、オレだけの妻でいて欲しいっす」 「……あ、ああ……?? ……いや、どういうことだ……????」  オレにもわからねぇけど、これだけは確かなことだ。  神父様は、誰にも渡さねぇ。

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