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外伝「ある悪魔祓いの秘め事」後編
ベッドに横たわると、テオドーロは手慣れた手つきでわたしの服を脱がせていく。
「あ、あんまり、見ないでちょうだい……」
「大丈夫だよ。君の魅力は片眼だけだし、そこだけ見ていれば痛い痛い痛い! 暴力反対!」
余計な一言が多いから、耳を掴んで引っ張っておいた。
本当に、ふざけんじゃないわよ。なんで「コレ」にちょっとでもときめいてしまったのかしら。
「さて……初めてってことは、慣らさないとだね」
「や、やっぱり……痛いの?」
「そりゃあね。お尻の穴に突っ込むわけだし」
「え……っ!? そこを使うの……!?」
「おや、知らなかったのかい?」
考えてみれば、そうよね。わたしの肉体は悔しいけれど男性なわけだし、本来「挿れる場所」なんてあるはずがない。
……でも、ここまで来たなら仕方がない。いつか身体を丸ごと造り替える可能性だってあるんだから、お尻の痛みくらい、耐えてやろうじゃないの。
「い、いいわよ。ぶち込みなさい」
体格もひょろひょろしているし、アレもそこまで大きくないはず。……そう、思いたい。
「まあまあ。先にちゃんと慣らすよ。綺麗にしないとだしね。……じゃあ、お願いできるかい? 愛しい人 」
テオドーロが声をかけると、彼の背後で真っ黒な空間が口を開けた。
わたしが唖然としていると、真っ暗闇の中で「何か」が蠢き、うねうねと迫ってくる。
「『彼女』はシャイでね。普段は姿を見せたがらないんだけど……どうやら、君のことも気に入ったらしい」
「は??? えっ、何??? わたし、何をされるの???」
「大丈夫大丈夫。ちょっと触手を色んな穴に入れるのが好きなだけの、可愛い子だよ」
「触手???? ねぇ、ちょっと、どこから出てるのこれ???」
「ああ、この亜空間かい? これ自体は別の妻が作ってくれたんだけど、なかなかに便利だよ。上手く使えば、僕の姿も隠して移動できる。……ただ、そっちの妻は嫉妬深くてね。機嫌を損ねると使わせてくれなくなるんだよ。でも心優しくて頼み事には弱いから、君のソレに触手を絡めたいっていう『彼女』の気持ちを汲んでくれたのかな……」
情報量が多すぎて理解が追いつかない。どういうことなの?
「僕も『彼女』も経験は豊富だ。安心して身を委ねるといい」
「……ッ、や……っ、あ……」
にゅるりとした感触がわたしの下腹部を這い、大嫌いな「男」の部分に触れる。
同時に肛門にもにゅるにゅるとした感触が触れ、ぞわりと鳥肌が立つ。
「怖いかい? でも、安心して。すぐに気持ちよくなるよ」
優しげに耳元で囁き、テオドーロはわたしの胸に手を這わせる。細い指を肌の表面に滑らせ、わたしの感じる部分を探っていく。
「ひっ、や、そ、そこ……っ」
突起を摘まれ、思わず声が上がってしまう。
「なるほど、開発しがいがある乳首だね」
「き、気持ち悪いこと、言わないで……あっ」
テオドーロが乳首をいじっている間に、触手の主はわたしのペニスを上下に扱いて先端をつつく。いつの間にか後ろの方も拡げられていて、内側に粘液まみれの「何か」が入り込んでいるのがわかる。
「な、何、これ……」
「イイね。純情な反応だ。可愛いよ小鹿ちゃん 」
「だから……っ、気持ち悪いこと……ぁあっ!?」
触手に「男」の部分を握りこまれ、思わず悲鳴を上げてしまう。その隙にテオドーロはわたしの唇を奪った。
「んーっ、んーーーー!?」
「大きな声を出すと、周りにバレてしまうよ」
唇を離し、テオドーロは言い聞かせるように伝えてくる。
「く……っ、う……ぅう……っ」
確かに、こんなところを人に見られるわけにはいかない。必死で歯を食いしばり、声を押し殺す。
「……いっ!?」
と、触手の動きが早くなり、『彼女』とやらが精液を搾り取るような動きを見せた。
思わず腰が跳ね、視界が真っ白になる。
「ぁ、く……っ、んんんっ!」
たまらず精を吐き出すと、腹の上に散ったものも含めて触手が綺麗に拭い去っていく。
後ろに入っていた方もずるりと抜かれて、慣れない感触に身震いしてしまった。
「よし、挿れるから、力を抜いて」
テオドーロがわたしの上に覆い被さり、ペニスを取り出す。
思った通りそこまで巨根ではなくて、ほっと息をつく。これならわたしの方が大きいくらいだし、痛みはなさそう……
「く……ぅ……」
それでも圧迫感が苦しくて、シーツを握り締めて耐える。
お腹の中でテオドーロが動いている感覚も、なかなか慣れそうにない。……と、思っていたら。
「んんっ!?」
ある一点に当たった途端、背筋に快感が走る。テオドーロはしれっと「ここか」と言い、同じ箇所を重点的に責め始めた。
「あっ、んんん、む……っ」
「声、頑張って抑えてね。難しかったら、またキスしてあげるから」
こ、こいつ……慣れてる。どこをどう突けば感じるか、完全に理解してる動きだ。
背筋をぞくぞくと快感が駆け抜ける。あんなに気持ち悪かったはずなのに、どんどん身体が火照って、思考が快楽に飲まれていく。
「……あぁ……イイね。片眼が見えると、やっぱり愛らしい」
「や……っ、う、うぅうっ!」
わたしのナカに深々とペニスを突き立て、テオドーロは楽しげに笑う。
「悪くないだろう?」
わたしの唇を啄み、耳元で囁く。
ふっと息を吹きかけられ、腰が浮いた。
「ふ……っ、く、ぅううっ、んーーーーッ」
達するわたしを見下ろし、テオドーロが満足げに笑ったのが見える。
……ああ、もう、最悪。油断していたわ。こいつ、思ったより上手いじゃない……。
翌朝、痛む腰を押さえつつ起き上がると、テオドーロはケロッとした表情で「おはよう」と言ってきた。……さては絶倫なの……?
「今日も仕事だろう? ……まあ、僕としては少しでも失敗が増えてくれると嬉しいんだけど」
ヘラヘラと笑いつつ、テオドーロは噛み傷だらけの肌を隠しもしない。……わたしが噛んだ記憶はないし、あの後わたしがトんでからも誰かとしてたってこと……? 嘘でしょ……?
「あんたねぇ……。……今回は実際に被害が出てるもの。そういう訳にはいかないわ」
「へぇ、そうなのかい?」
「売春婦が噛まれて怪我をしているらしいのよ。趣味が嗜虐的……ってだけの話なら良かったんだけど……どうやら祖父も吸血鬼として処刑されてるっぽくて」
「……なるほどね。危険分子と判断されてしまったわけだ」
仕事の話は憂鬱だけど、悪魔祓い同士である以上、しない訳にはいかない。
好きな仕事というわけではないけれど、それでも守らなければならない秩序がある以上、やれることをやるしかない。
「弟達にも知らせていなかったあたり、徹底して隠そうとしていたのね……売春婦ばかり被害に遭ってるのも納得だわ」
「ああ、そういえば会議で名前を聞いたかな。ギルベルト・ダールマン……だったかい? 有名な商人だろう?」
テオドーロはふむ、と考えつつ件 の吸血鬼の名前を挙げる。
……寝ていることも多いくせに、大事な部分はちゃっかり耳に入れているのね。
「ええ。逆に言えば、有名だから隠れられなかったのね」
「……摘発の経緯に関しては……何かを隠している感じもしたけどね」
「隠している? 何のために?」
「さぁ? そこまでは分からない」
ニヤリと意味深に笑い、テオドーロは肩を竦めた。
案外頭も切れるし、食えない奴ね……。
「男も結構イケるって気付いたし、口説きに行こうかなぁ」
「…………狩られるのとどっちがマシなのかしらね。あと、わたしは女よ」
「おっと、そうだったね。ごめんよ、お嬢さん 」
「その呼び方はその呼び方で気持ち悪いわ……」
そう……わたしはいつも通り、仕事をするつもりだった。今までは同情する気持ちはすっぱり切り捨て、仕事は仕事として「異形」達を狩り、その後で祈りを捧げるのがわたしのやり方だった。
テオドーロとうっかり深く関わり、彼の価値観に触れてしまったことが関係しているのか、わたし自身、自分の肉体と魂の乖離を強く自覚したことが関係しているのか……どちらが原因として強いのかは分からない。
……ともかく。事実として、わたしの心には迷いが生まれてしまっていた。
***
心臓を撃ち抜かれ倒れ込んだ男は、呻きながらもまだ動いていた。
吸血鬼は頑丈だし、何なら「一度死んだ」後こそが手強い。人間と死の概念が違う彼らは、死体に見えたとしても灰になるまで油断ができない生命体だ。
「……弟と妹も、もう一度徹底的に調べなければ」
同業者の呟きは、至極当然のことだった。
吸血鬼は同じ血筋からよく誕生する。兄弟で吸血鬼であることは、特に珍しくない。……まあ、兄弟の中で一人だけが吸血鬼であることも、別に珍しくはないのだけど。
「……済まない、コンラート……」
……と、手負いの吸血鬼……ギルベルトは口の端から血を零しながら、誰かの名を口にした。
「……弟の名前?」
「ええ、調査資料によると、ダールマン家の次子ですね。エルザスの教会で司祭をしていたそうですが……先日、死亡したそうです」
司祭……という言葉に思わず反応してしまう。
兄が吸血鬼なのに弟が聖職者って、皮肉な話ね。……いえ、だからこそ必死に隠そうとしたのかもしれないけれど。
「弟が神父……」
「ほら、ハインリッヒ司教が襲撃された事件があったでしょう。あの時に……」
「ああ、あの事件……」
聖職者達の間では有名な事件だ。
ハインリッヒ司教は帝国主義に疑問を呈し、真っ向から歯向かった。……表向きは賊の襲撃となっているけれど、帝国の差し金である疑惑も浮上していて、教会と帝国の溝は更に深まりつつある。
司教は襲撃当時、司祭時代に勤めていた教会にいたらしい。その場に居合わせた者はほとんど殺されたから、本当に帝国の仕業かどうか……真相は闇の中だ。
……で、巻き込まれた被害者の中にギルベルトの弟もいた……。同時期に次男と長男が立て続けに不幸に遭うなんて、悲しい偶然ね……。
「……頼む、弟だけは……助けてくれ……」
攻撃してくる気配がないから、とどめを刺そうと近づき……瀕死の掠れ声を聞き取ってしまう。
「コンラートは……本当に、神を信じている。肉体がどうあれ……信心深さは、本物だ……」
……待って? その弟は、襲撃に巻き込まれて死んだはずじゃないの?
一瞬の混乱が、仕事のため作り上げた仮面にヒビを入れた。
「頼む……」
わたしも、彼と同じく長男だった。
妹が目を潰されそうになった時、必死で両親に許しを乞うたことを覚えている。
──わたしが頑張りますから。悪魔祓いとして、立派に仕事をこなしますから。どうか、どうか……! お願いします……!!
苦痛を知っていたからこそ、犠牲にしたくなかった。同じ道を歩んで欲しくなかった……。
「……必要であれば、この身を切り刻み、調べ尽くしてもいい……。……どうか、コンラートのことは……」
「…………まさか」
テオドーロが「摘発の経緯」を疑っていたことを、思い返す。
ギルベルトが吸血鬼であると判明した原因が弟のコンラートにあると考えれば、辻褄は合う。
司祭階級が吸血鬼だったとなると、教会はどうにかして隠し通そうとするだろう。ただでさえ教会は権威が弱まっているうえ、下手をすれば司教襲撃事件についても不利な情報になりかねない。
「頼む……弟だけは……」
「……悪いけど……約束できない」
「……そうか……」
懇願を蹴りはしたものの、その頭を撃ち抜くことは……わたしには、できなかった。
「ギルベルト兄さん、逃げて!!!」
甲高い声に振り返ると、プラチナブロンドの若い娘がそこにいた。わたしの同業者に羽交い締めにされながらも、懸命にもがいている。
「嫌よ! コンラート兄さんに続いて、ギルベルト兄さんまで……!! そんなの嫌!!!」
「こ、こら、離れなさい! 彼は吸血鬼だぞ!」
「だから何よッ!!! 兄さん達は、素敵な人だわ!! エルンストだってそう言うに決まってる!! あんた達に何が分かるってのよ……!!」
……ああ、もう、嫌になるわ。
普段なら「仕事だから」で割り切れたって言うのに。
「つ、連れて行きます! どうせ、調査は必要ですし……!」
仲間の言葉には静かに頷き、わたしは再び、ギルベルトの頭に銃を突きつける。……撃ち抜くまでのためらいが、運命を分けた。
カッと赤い目を見開き、ギルベルトはわたしを凝視した。「助けなければ」と……有り得ない感情が胸中に沸き上がる。
能力 を使われたと気付いた時には遅く、ギルベルトは脇をすり抜け、窓から飛び降りて逃走を図っていた。
***
「……で、どうなったんだい?」
就寝前。
テオドーロに仕事のことを聞かれ、大きくため息をついた。
「ギルベルト・ダールマンは帝国軍に見つかり、射殺された……って、聞かされたわ」
「うーん、まずいね。借りを作ってしまったか」
「ええ……こっぴどく叱られたし、知るべきじゃない情報も知っちゃったから……今度は厄介な仕事を回されそうね」
実際、わたしのミスであることに間違いはないし、言い逃れはできない。
わたしが情に流されず頭を撃ち抜けていたのなら、取り逃すこともなかったはずだし……。
「僕が慰めてあげようか?」
頬に手を伸ばされたから、バシッと叩いておく。
「要らないわよ」
手をさすりながら、テオドーロは「じゃあまたの機会に」と苦笑する。
……ああ、もう。満更でもなく感じてる自分が嫌になるわ。
「厄介な仕事だって言うなら、手伝ってあげてもいい」
「……それ、余計に面倒臭くなりそうね……」
本音を言うと、予感はしていた。
もう、わたしはかつてのスタンスに戻ることは出来ないんだって。
自分の心に嘘をつき続けるのには、限界があるって……。
「しかし吸血鬼 兄弟か。惜しいな。美人なら、侍らせるのも悪くなかったかもしれない……あだっ」
ブツブツとぼやくテオドーロの頭をシバき、ベッドに潜り込む。
次の仕事に備えて、早く寝てしまいたかった。
──頼む……弟だけは……
目をきつく閉じても、「兄」の懇願は、いつまでも耳から離れなかった。
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