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第21話「争いは絶えず」
「オットー・シュナイダーはね……本来、50年ほど前……『諸国民の春』の時代に生きた人物なのよ」
「しょこくみんのはる?」
「……革命の時代ですね。なるほど、社会主義を勘違いし妙な方向に拗らせたような思想も頷けます。当時はまだ、黎明期でしょうから」
「しゃかいしゅぎ?」
神父様はいつの間にか、よそ行きの口調に戻ってる。さっきは冷静そうに見えたけど、思ったより慌ててたのかもな。
「ああー……確かにそうね。おそらくだけど、彼の中の人類は『秩序正しい一般市民』と『それを脅かす悪党』にくっきり別れてるわ。資本家階級 を必要以上に敵視する過激な労働者階級 と構図は少し似ているかしら……?」
「ぶ、ぶるじょ……? ぷろれたり……?」
「ええ。……もっとも、悪意の矛先はより共感されやすい属性ではありますが」
つか、ヤバい。話が全然わからねぇ。完全に頭いい人らの会話になってる。
「貴族の処刑ブームを正義と持て囃す民衆がいたように、彼が盗賊をいたぶり殺すことを持て囃す民衆もいた。だから、時と場合によっては英雄視されることもあるんだったかな」
待てよ変態。てめぇも頭いいのかよ。
ついてけねぇどころか、何の話してんのかもわからねぇよ。
「よくある名前だとは思っていましたが……著名人だったとは」
「まぁ……特定の界隈ではね。数年前にイギリスで『切り裂き魔 』が出たでしょ? あんな感じの『著名』よ。もっと古く遡れば、少年を殺しまくったフランスの『青ひげ 』男爵と同じ系統ってこと」
えっと……誰? 有名なのそいつら?? 全然知らねぇんだけど???
神父様はめっちゃ納得した感じで頷いてる。うう、学のなさが恨めしい……。
「……っ」
「あら、どうしたの?」
「い、いや、大したことでは……」
あっ、もしかして、精液垂れてきてる? めっちゃ中に出したもんなー。仕方ねぇよなー。
オレの方を恨めしそうに睨みつけ、神父様は小さく咳払いをして話し合いに戻った。
「……異形化した殺人鬼……と、言っていましたね」
「ああ 。オットーはあくまで『自分の快楽のために』盗賊をいたぶり殺した。もっともな理屈を並べていたようだけど、それらはいわば言い訳だ。彼は次第に些細な不道徳行為を行ったものですら狙い、最期は皮肉にも処刑された。……けれど、彼はなぜか死ななかった。いや、『確かに死んだのに、彼は存在し続けた』」
変態野郎の説明で、何となく分かってきた。
オットーとかいうゲス野郎は本当はちょっと昔の人間で、罪人を憎むフリをして自分の私利私欲を満たし、処刑されたくせしてなんでか生きてるってことか。
「……彼も、吸血鬼だったのですか」
神父様は眉をひそめながら問う。
あのゲス野郎、異形はとっとと死ねって言いつつ、自分も異形なんじゃねぇか……ひでぇなぁ。
「いや 、吸血鬼 とはまた別物だ。彼は『他人の屍を餌にし、自分の肉体を再構築できる』。……そういう存在と化していたんだ」
……ん? なんか、話が見えてきたような……。
「他人の屍を餌に…………あっ、それで、さっきの消えた悪魔祓いの話と繋がるのか!」
「おお! その通りさ ! 君、意外と頭が切れるね」
「ヴィルは物覚えも良く、知能は決して低くありません。知識が足りないように見えるのは、学習の場に恵まれなかっただけです」
お、神父様が人前で褒めてくれてる。
嬉しくて、ついついニヤケが止まらなくなっちまう。だって「愚か者」とか「ケダモノ」って言われることのが多いんだもんよ。
「……あらあら」
「何ですか」
「いえ、何でもないわ」
しばらく黙っていたマルティンが、微笑ましそうにこっちを見てくる。
神父様は気まずそうに腕を組み、
「……私はただ、事実を言ったまでです」
と、補足した。
「それで、修道士マルティン。消えた悪魔祓いは黒髪に鳶色の目だったのですか」
話を逸らすように、神父様は質問を続ける。
その言葉に、マルティンはふっと視線を落とし、俯いた。
「……ええ。大量の血痕を残して、教会から借り受けた武器ごと消えていたの。その武器が『いわく付き』だったから、まさか……と思ったのだけど……嫌な予感は当たるものね……」
神父様は「そうですか……」と気まずそうにするが、別に気にするこたねぇのに。マルティンにとっちゃ大事な仕事仲間なんだろうが、どっちみち神父様を殺しに来てた野郎だろ?
まぁ、タイミングが合わなけりゃ二度と戦わなかったかもしれねぇんだけど……。オレらだって、なるべく戦いにならねぇように動いてたわけだしな。
「オットーの使っていた剣は、彼が悪意を向けそうな相手にほど効果的でね。対異形用の武器として保管されていた。ただ、取り扱いが難しいし、下手をすれば宿った『オットー・シュナイダー本人』に餌にされてしまう。まさしく両刃の剣、というわけだ」
変態野郎がまた説明を挟む。
こいつ、異形好きって言ってたけど、ゲス野郎に関しては大人しいな。趣味じゃねぇのかな。
「……わたしの責任よ」
……と、マルティンが口を開く。
「元々はわたしの不手際で、彼も『司祭コンラート』が吸血鬼化したことを知ってしまって……それで、この仕事を手伝わせてしまうことになったの。せめて戦闘はわたし一人でやるって言ったんだけど……倒せず怪我をして帰ってきたから、彼……武器を調達してくるって聞かなくて……」
あー、なるほどな。
それで神父様の戦闘スタイルを聞き出すかマルティンの傷から分析するかして、ことを有利に運べる武器を選んだら自分が餌に……ってことか。
「……よほど強い相手だと、誤解を与えてしまったのですね」
神父様も、複雑そうに目を伏せる。
いやまあ、誤解も何も、神父様は強いけどな?
殺しが苦手なくせに無茶な突撃するのがアレなだけで……。
「そうね。あんたのは馬鹿力と回復力を当てにしたただの特攻よ。戦法も何もあったもんじゃないし、そこら辺、もうちょっとそこのチンピラに教えて貰った方がいいわ。料理で例えるなら、高級素材をただ焼いただけみたいな状態ね。ある程度までの相手になら通用するけど、無謀な特攻は身を滅ぼすだけだわ」
……って思ってたら、マルティンが全部言ってくれた。一度殺しに来たとは思えねぇくらい親切。こいつ、さてはめっちゃお人好しだろ。
「…………。……参考になります」
神父様は冷や汗をかき、静かに頷いた。
ぐうの音も出ない正論だったっぽい。
「大丈夫だよコンラートくん。無理して戦わなくたっていい。君は生きているだけで素晴らしいんだ。なぜなら、その美貌と匂い が僕の心を癒してくれるからね。……ああ、愛らしい吸血鬼 くん。良かったら僕の妻にならないかい?」
金髪野郎が、爽やかな笑顔で神父様の手を握り……おいおいおいおい何してやがんだこの野郎!?
「もちろん、ヴィルくんとの関係はそのままで問題ないよ。僕の方だって、たくさん妻がいるわけだし」
「は、はぁ……???」
神父様は混乱しきった様子で目を白黒させている。ちくしょう可愛い反応しやがって!! 好き!!
金髪変態クソ悪魔祓い野郎はそのうちチンコ潰す!!!
「どさくさに紛れて口説くな変態。神父様から離れろ。あと死ね」
「コンラート、気を付けなさい。あんたは完全にテオドーロの守備範囲内なの。油断してたら触手に絡まれるわよ」
「痛い痛い痛い!!! ただのスキンシップじゃないか! 耳!! 耳が取れる!!」
マルティンが変態野郎の耳を引っ張り、オレが神父様を抱き寄せて遠ざける。
つか、触手に絡まれるって何? こわっ。
「……????」
オレの腕の中で、神父様はまだ混乱している。
「その……どういうことなのだ? 修道士テオドーロももちろん聖職者で……しかし既に妻がいて……そして、男の私を妻に迎えたくて……いや、どういうことなのだ……?」
そこかー。そこからもう理解できてなかったかー。可愛いなぁもうー。
それにしても、例のゲス野郎……あの剣こそが本体で、人の死体さえありゃ何度でも蘇るのか。
……あ。そういや、子供の死体……。まずいんじゃねぇのか、これ……?
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