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運命のマッチング 2

「番を作ろうと思うんだ」  教室に入り見つけた(やなぎ)くんの隣に座るなり、僕、千草(ちぐさ)(いずみ)はそう宣言した。  まだ二限目の社会学が始まるまでは少し時間がある、そんなタイミング。てっぺんに上り切らない日差しがうららかに差し込んできていて、絶妙に眠気を誘っている。  そんなのんびりとした空気の中、唐突に言い放った僕に飛んできたのは少しの沈黙。 「……そう」  そしてとりあえずの肯定。我ながら突発的すぎる発言を、メガネの奥の目を細めただけで一応受け入れてくれる柳くんはいい友達だと思う。多少眉間にシワを刻んでいるけども。 「あーなんでそういう判断になったのか聞いても?」 「実は昨日メグスクのライブ予定が発表になりまして」  その一言でどうやら事情を悟ってくれたらしい柳くん。皆まで言うなと目で止めて腕を組んだ。 「行けない日程だったのか」 「その通りです」  端的に返してくれたそのものずばりの答えに素直に頷く。僕の事情をわかってくれているだけに、話が早いことこの上ない。  メグスクは、僕が推しているアイドルグループ『メグリスクセ』の略称。特別ファンではない柳くんが知っているのは僕が言い続けているせいもあるけど、単純に今絶好調に人気のグループだからだ。  モモ、キキョウ、スオウの三人組の男のアイドル。  全員アルファでかっこいいのは前提として、歌もダンスも演技もバラエティもなんでもこなすスーパーアイドルで当然ファンも多い。  僕もそのファンの一人で、特にクールなスオウに十五の時に惚れ込んでから五年ほど応援を続けている。言葉少なげだけどクールな大人の魅力とたまにくだらないことで笑う時の少年のような笑顔や歌声の素晴らしさと演技のセクシーさと、と語り出したらキリがないファン語りはいつも柳くんに聞いてもらっている。  ……もちろん、いくらすごくても男が男のアイドルグループのファンになるなんてと言う人もいるだろう。  そしてそんな人は大体僕の首輪を見て妙な納得の仕方をするかもしれない。  それが真実ではなくても都合のいい事実ではあるから。  それは、僕がどれだけ好きなグループと言えどライブに行けない日がある理由と一緒。  『オメガだから』と言う単純な、けれど根源的な理由。  男女の性別とは別の、第二の性と言われるもので、大多数のベータと少数の生まれながらのエリートであるアルファ。  そしてさらに数が少ないオメガにはヒートと呼ばれる発情期があり、男でも妊娠できるためいまだに産むための性だと揶揄されることもある。  なんせヒートの間には性的にその気にさせるフェロモンを無節操にばら撒いて、誰彼構わず誘ってしまうんだ。特にアルファに対してはその効果が顕著で、オメガのフェロモンで発情したアルファがオメガを襲ったなんて事件は嫌ってほど聞く。  もちろん抑制剤もあってそれが効けば普通に日常生活を送れる人もたくさんいる。ただ体質によって差があって、僕の場合はほとんど効かず、ヒートになると五日ほど家にこもっていないと色々ままならない状況になってしまうんだ。それがとても辛い。  欲を解消する手助けとして傍にアルファがいればまた違うんだろうけど、残念ながらオメガとわかった後に執拗にからかわれて以来アルファは苦手なのだ。  メグスクはアルファだけど、なんと画面から出てこない。ライブに行ってもステージとは距離があって一方的にこちら側から見るだけ。それが最高だ。  アルファという性の優れた部分をエンタメに全振りしてくれているメグスクのおかげで、アルファは苦手、でまだ済んでいる部分もある。  そんなメグスクのライブの日と、忌まわしいヒートの予定日ががっつりとかぶってしまったんだ。こんなの嘆かずにいられないじゃないか。 「ううう、こればっかりはーどうにもならずー」  ただでさえ男のオメガがアルファのアイドルの会場にいると目立つのに、少しでも危険がある状態で行きたくはない。なにかあった時に迷惑をかけて名前が出てしまうのはメグスクだ。ファンとして、それだけは避けなければいけない。 「最近ライブなかったから久しぶりに見れると思ったんだけどなぁ」 「それで番を作るって話になるのか。……なるのか?」  話が繋がったからか、柳くんが話を戻してくれたから何度も頷く。  番というのはヒート状態のオメガのうなじをアルファが噛むことで成立する特別な関係性のことだ。  番になると、ヒート時に無節操にバラ撒かれるオメガのフェロモンが番相手にしか向かなくなるらしい。つまり番を作ればメグスクに迷惑をかけることはなくなるということ。  昨日思いついたときは名案だと思ったんだけど、柳くんの表情を見る限りそこまでではなさそう。

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