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改めまして運命 2
「あの、仕事の時間は大丈夫なんですか?」
「時間になったら迎えが来るから大丈夫」
「……迎えってどこに」
「ここに」
くすぐったいキスを受けながら漂い始めた甘い雰囲気が一瞬で吹っ飛んだ。
ここに迎え? 僕の家に? あかりさんの迎えが?
「言っとくけど、マネージャーも事務所も泉のこと知ってるから」
「はい?」
「多くはないけどある程度周りは知ってる。番になったことはまだ言ってないけど、それは追々」
「え、え、え、なんでですか。いやダメでしょ」
ちゃんと事務所に報告するなんて偉いと一瞬思いかけたけど、それが自分のことなんだと気づいて背筋が冷える。
いや、仕事のことに関係してくるからずっと黙っているわけにはいかないけれど、それにしたってなんでみんな知っているんだ。
そもそも事務所って、どちらかというと恋愛を咎める方なんじゃないのか。
「俺がずっと言ってたから、当たり前にみんな知ってる。なんなら『ストーカーとして捕まる前に早いところ付き合ってくれ』って嘆かれてた。もちろん協力はされてないけどな」
あかりさんはなんでもないことのように言ってキスを続けるけど、衝撃の事実に僕は呆然としている。
なにそれ……。
そりゃあファンレターを出しているから名前と住所は知られているし、なんならファンクラブに入会する時にもっと色々登録している。それを使えば会うことはもっと簡単だったろうし、電話したり家に来ることもできただろう。
そしてやろうと思えばできるというのが怖いところで、そうなって問題になるくらいなら普通に付き合った方がマシだと思われてたってこと?
「え、じゃあ」
「とっくに顔も名前も素性も全部チェック入ってる。入り待ちとか出待ちとかもしてないし家の周りをうろついたりもせずルールを守るファンとして認識されてるから悪い反応じゃなかった。だから大丈夫」
全然大丈夫じゃないことを大丈夫と言いきるあかりさんに言葉を失う僕。
認識されたくない、という意識でいたのが滑稽に思えるほど僕の存在が周知されていた。外堀も埋められていた。
どうやら僕がメグスクのために番を作ろうと動き出した時点で、結末はとっくに決まっていたらしい。
スオウから始まったすべては、どう巡ってもスオウに終着する運命だったのか。
「それより、ファンというわりにはグッズとかないんだな」
とんでもない事実の暴露を「それより」と簡単に流して、あかりさんは僕の上から退いて部屋の中を見回した。
僕があまりにショックを受けていたから気を遣われたのかもしれない。
そしてないかと言われればこんな時でも否定せねばならないファンでして。
「ありますよ、ここに」
枕の上、ベッドとフレームの隙間に手を伸ばして取り出したのは硬いファイルに入れて保護したスオウのブロマイド。
「ここにも。ここにもあります」
別の隙間やベッドサイドからうちわやアクスタなんかのグッズを取り出せば意外だったのか目を丸められた。
もちろんクローゼットの中にも今までのライブグッズがたっぷり入っている。嵩張るものは主にそっちで、他にも普段使いしているものが色々と潜んでいる。それぐらいメグスクは生活に溶け込んでいるんだ。
「ヒートの時に目に入れたくないので普段は隠してあります。でもいつでも取り出せますよ」
聞いたわりにはそんなに出てくると思っていなかったのか、僕が並べたグッズをしげしげと眺めるあかりさん。
自分の顔がついたグッズを本人が眺めてるのはずいぶんと不思議な光景だ。
しばらくそうやって自分のグッズを眺めていたあかりさんは、おもむろにうちわを手に取ると自分の顔の横に並べて見せた。
「俺とこいつ、泉はどっちが好きだ?」
そしてそんなことを聞いてくる。
「え、どっちもかっこいいんでどっちも好きです」
決め顔のばっちりアイドルスオウと寝起きで出来上がっているあかりさんと。
どっちかと言われたらどっちも好きに決まってる。
「でもどっちか選ぶなら?」
「どっちかって言われたらこっちです」
それでも選択を求められ、少し考えてうちわを指差した。
「は?」
「だって好きな長さが違うので」
ファン歴が長いのはスオウ。遠慮なく大好きと言えるのもスオウ。
なんだかんだ言ってあかりさんはまだ会ったばかり。これからまだまだ好きな気持ちは大きくなっていくだろうけど、今の時点ではスオウが頂点だ。
聞かれたから素直な気持ちを話したんだけど、その本人はとても微妙な顔をしている。
「……なんとなく釈然としない」
「いや、同一人物じゃないですか。ていうか同一人物なんですよ。やめてください、意識しちゃうと本当に無理なんで。そもそも僕ガチ恋じゃなくて、なんでこんなことになったのか……」
もちろんいつだってそれは変わらない事実だけど、あえて意識しないようにしていたんだ。そうじゃないとまともに話せなくなるから。
本当に、いまだにどうしてこんなことになっているのかさっぱりわからない。
……でも、僕がどう動いたにせよ、この人を好きになった時点でいつかはこうなっていたんだなと思えてしまうから不思議だ。
「泉」
それだけの実行力とパワーと魅力を持った張本人は、まだまだひどく欲深く。
負けた相手であるスオウのうちわから顔を覗かせて、僕の大好きな顔で卑怯にもこう言った。
「俺とガチ恋しませんか?」
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