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10月 3 ②
丁寧に泡を流し、一緒に湯船に身体を沈める。マスクを外したさくの横顔が美しい。昼休み、食事をする相手が毎日いる訳ではない晃嗣は、今やマスクを外した顔を見せあうという行為自体が、親密さを表すのだと気づく。
「……あなたはどうしてこの仕事をしてるの?」
晃嗣はさくに訊いた。それくらい構わないだろうと思った。
「学生時代に奨学金借りたくなくて始めたんです、就職して辞めて……感染症広がった時に、忙しくてスタッフが足りないって聞いたんですよ、それで復帰しました」
晃嗣は驚いた。感染が拡大しても、派遣型風俗は下火にならなかったのだ。
「みんな友達や故郷の家族と会えなくなったり、趣味を中断しなくちゃいけなくなったりして寂しくなったんだと思います、だから指名がばんばん入って」
「対策はしてたの?」
「ピーク時は一日上限お2人しか受けませんでした、1時間きっかりで延長もアフターも無しで……めちゃくちゃPCR検査しましたよ、今も月に2回はやります」
優しいのだなと晃嗣は思った。病気に感染するリスクを冒して、寂しい男たちのために、恋人ごっこにつき合う。
「究極のエッセンシャルワークだね」
晃嗣が言うと、そうですよ、とさくは笑った。
「水商売とか風俗業従事者がいないと、寂しくて死にたくなってしまう人が出てくるんです」
「そうか……」
湯がふわりと動いて、さくがこちらに少し寄ってきた。次の瞬間、想定外の快感に身体が勝手に震えて、ひっ、と声が出た。
「柴田さんのこっちは寂しくないですか?」
さくは晃嗣のものを、右手で優しく包んでいた。風呂に入る前から兆しがあったので、軽く触れられただけでそこに一気に血液が流れ込む。腿の内側の痺れに晃嗣は焦ったが、さくの手から逃れるにはもう遅かった。
「あ、元気になった」
さくは笑い混じりに言い、ゆっくりと手を動かす。背筋を緩い電撃が駆け上がった。晃嗣は喘ぐ。
「あっ、ちょ、こんなとこでするの?」
「柴田さん感じやすいんですね、すぐいきそう」
「えっ、だめだよ、あっ」
水圧を含んだ摩擦が気持ち良くて、上半身を捩りバランスを崩しそうになる。さくもひゃっ、と声を立て、笑った。
「溺れそう、ちょっと上がりましょうか」
さくは晃嗣の手を引いて、湯船から上がる。晃嗣はふらふらとついていった。さくはあくまでも楽しげに、床のタイルの上に直に座るよう晃嗣に指示して、そのまま晃嗣の肩に手を置き、上半身を押し倒す。背中に硬くてひんやりした感触があったが、身体が火照り始めているので気持ちいいくらいだ。
さくの綺麗な形の目が近かった。心臓がばくばくする。やめろと言おうとする意志が挫けた。
「柴田さん可愛い、ここで一回いかせてあげる」
言うなりさくは、晃嗣の頬に唇を押しつけた。その唇を顎や首筋に這わせながら、右手で晃嗣の硬直したものを握り直す。晃嗣は自分をいきなり襲ってきた強い快感に、我を忘れそうになった。
「あっ! こっ、こんなとこで、だめだって、さくさん待って」
「ここなら汚すこと気にしなくてもいいでしょ? 恥ずかしがらずに思いきりいっちゃって」
さくは左の耳たぶを唇に挟みながら、吐息混じりに言った。その右手はリズミカルに晃嗣に刺激を与え続けていて、勝手に言葉にならない声が晃嗣の口から洩れ始める。
気持ちいい。人にしてもらうのは、こんなに良かっただろうか。キスや手での愛撫だけでなく、さくのすべすべした肌がぴったりと上半身に重なっているのも気持ち良かった。
そっと目を開けると、さくの茶色い瞳が視界に入った。彼は優しく微笑む。それを見ると、ますます身体の内側で何かが昂った。
さくは左手で晃嗣の右の頬を大切そうに包んだ。女のように扱われることに戸惑いながらも、慈しまれている実感にのぼせそうになる。
「……ずっとこんな風にしたかった、めちゃくちゃ可愛い」
こそっと聴覚に流れ込んできた言葉に、晃嗣は一瞬頭の中が冴えたのを感じたが、さくの手に力が入ったので、また頭の中が真っ白になってしまった。
「あっ、ああっ、もう……だめだ、さくさん、許して」
よく考えると自慰行為もご無沙汰していたので、さくから与えられる刺激は、晃嗣には強すぎた。指の腹で乳首を撫でられた瞬間、二の腕に鳥肌が立ち勝手に身体が跳ねて、熱いものが身体の内側で一気に膨らんだ。
「あ……っ、ああっ!」
ぎゅっと先を握り込まれて、膨らんだものが一気に弾けた。瞼の中が白くなり、放尿に似た快感に晃嗣は溺れる。浴室の中に響く自分の声が遠くなり、腰が勝手に揺れた。
「いっぱい出た、気持ち良かったみたいですね」
昇り詰めた瞬間に肩を抱いてくれたさくは、そのままの姿勢で嬉しそうに言った。晃嗣は情けなくも言葉が出ず、ただ荒い呼吸を続けるだけである。……残念ながら、めちゃくちゃ気持ち良かった。何なら、もう一度してほしいくらいだった。
硬い床に横になったまま、そっと湯で下半身を清められる。今更晃嗣は、全てをさくの目前に晒している事実に、一人で恥じた。
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