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12月 12 ①

 自然に目が覚めた。辺りは薄暗い。習慣のように枕元の時計を探した晃嗣は、それが見つからないことと、横に人が寝ていることに、心底驚いた。本能的に壁のほうに後退って、そこに寝ているのが朔だとわかり、ますます驚く。  あ、泊まったんだった。思い出して溜め息をつくと、朔の肩がもぞもぞ動いた。 「あ、柴田さん……」  朔は腕を伸ばして、枕元で充電されているスマートフォンに触れた。その画面の時計で6時過ぎだと晃嗣も認識する。大体6時間眠れば、勝手に晃嗣の身体は目覚めるようになっていた。 「今日休みだよ、まだ暗いしもう少し寝よう」  朔の声は眠そうに間延びしていた。それを聞いて、昨夜随分迷惑をかけたと気づく。 「朔さん、昨日はいろいろごめん、その……」 「柴田さん割とプライド高いから、たぶん自己嫌悪に陥ってるかもしれないけど……俺は素のこうちゃんが見られて嬉しかった」  言いながら朔は、腕を晃嗣のほうに伸ばしてきた。狭いベッドの上で避けることも出来ず、晃嗣はその中に取り込まれてしまう。 「柴田さん大好き……いつも黙って頑張ってるから、俺の前ではちょっと肩の力抜いてて」  年下の男にこんな言い方をされて情けない反面、服越しに伝わる朔の胸の硬さや肌の温もりが、泣きたくなるほど心地良かった。 「恥ずかしいとか迷惑かけてるとか思わないでほしい、だって俺柴田さんのちんちんや尻の穴の形まで知ってるのに」  何言ってんだ! 晃嗣は咄嗟に身を引こうとしたが、背中に回った腕がそうさせてくれない。  晃嗣は顔が赤くなっているのを悟られないよう、僅かに顔を上げた。 「……少し俺のプライドも尊重してくれないか、俺は朔さんが困ってる時はいつでも手助けしたいと思ってるのに、これじゃ何の役にも立たないお荷物だ」  晃嗣のかなり必死の言い訳じみた言葉に、朔はええっ、と返す。 「お荷物なんて言わないでよ、俺が悲しくなる……」  ごめん、と晃嗣は呟いた。泣き止まない子どものように、朔に後頭部を撫でられる。 「でも柴田さんがそんな風に思ってくれてるってだけで尊いし嬉しい」  ああ、遂にきちんと言葉にするべき時が来た。晃嗣は考える。完全に拒絶されることはないという安心感はあった。  朔は昨夜自分の気持ちを話してくれた。先を越されてしまったのは格好悪いし、受け入れて貰えるとわかっていて話す自分は惰弱で卑怯でさえあると思う。でも。 「朔さん」  うん、と朔は応じた。少し眠そうだ。 「俺、朔さんに本物の恋人になってほしいとずっと思ってた、だから」  朔の身体が僅かに緊張したのが伝わってきた。 「俺の知り合いに朔さんは俺の恋人だって話したいし……朔さんの意向を無視して言うけど、朔さんのご家族に俺をパートナーだと紹介してほしい」  ん、と小さく朔は言ったが、晃嗣のほうを見てくれない。彼の見合い話を阻止したい気持ちもあって、先走ったかと後悔した。  次の瞬間、胸に強い圧迫を受けて、晃嗣は思わず口をぱくぱくさせた。緩く晃嗣を囲っていた朔の腕に急に力が入ったからだった。朔は力任せに晃嗣をぐいぐい抱き締めてきて、左の耳の傍で言った。 「ほんとにいいの? これから会社で大っぴらにしてもいい? 俺の実家に年末来てくれる?」  耳にかかる吐息が熱くて、晃嗣の体温まで上がった気がした。朔が喜んでいると理解するのに、少し時間がかかってしまった。  朔の拘束が強くて、苦しいくらいだ。でも腕を緩めてほしくないのが不思議だった。返事をしなくてはいけないと思い、晃嗣はぎくしゃくと腕を伸ばして、ゆっくりと朔の背中に手を回す。もう遠慮しなくてもいいのだと、晃嗣もぎゅっと抱きついてみた。求められているという実感が、ほとんど暴力的に晃嗣に襲いかかってきて、頭の中に靄がかかる。 「うん、郡山に行くし、うちにも来て……会社は、社内恋愛は、男と女でも嫌な顔する人がいるから、節度を持って」  途切れ途切れに晃嗣が話すと、朔はうんうん、と頭を振った。 「ありがとう柴田さん、めちゃくちゃ嬉しい」  晃嗣の鼻の奥がつんと痛んだ。こっちこそ、めちゃくちゃ嬉しい。口に出すとまた泣いてしまうとわかったので、黙って朔の温かい背中を撫でた。  こんなにこの子が好きだった。晃嗣は抱きついている男への愛しさが、コントロールできなくなりそうで怖い。  自分の脚のつけ根辺りに押しつけられていた朔の股間が、熱を持ち始めていることに晃嗣は気づく。笑いそうになったが、本能的に危機感を覚えた。  思い起こせば、朔を指名して快感に溺れている間、彼の状態がどうだったのかを、晃嗣は全く知らない。隠していたのか、あるいは仕事だと割り切っている時は、何も感じないのだろうか。  朔が勃起し始めたのを知ると、連鎖反応するように、晃嗣まで腰の辺りがむずむずしてきた。朔は晃嗣の変化を見逃さない。 「……やっと柴田さん、その気になってくれた?」  朔の声に晃嗣はびくりとした。いや、と虚しい否定をしてしまう。朔はわざとらしく、晃嗣の左耳に唇が触れそうな場所で話す。 「もう、素直じゃないというか何というか……」 「その、すぐにしたいとかじゃないから」  晃嗣は慌てる。 「うん、何の準備もしてないし挿れるのは我慢するけど……柴田さんとやってみたいことがあるんだ」 「えっ、何?」  晃嗣は思わず身構える。だが期待感もあった。

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