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11はじまりの暁
「く、ううんっ……、だめ、自分じゃできないからあ」
明け方近い白々とした灯りに照らされ、イリゼは泣き言を言いながら寝台の上、小さな手が恐々とダイのずしりと重たい陽物を支えながら自らの後孔に導こうとしている。
しかし体格のいいダイにまたがって中腰に座る細い脚が震え、自らが何度も放ち続けたものでぬるつく尻で滑ってうまくいかずに半泣きになる。
助けを求めてダイの手を掴んで哀願するが、ダイは涼しい顔で首を振る。
「だめだ。お前が俺の記憶を消そうとしたこと、まだ許していないんだぞ? 俺がいいというまで、機嫌を取って貰わないとな?」
「だって……。それがいいってぇ、おもっ、思ったからあ」
「記憶がないと思い込んで俺を誘惑したんだろ? なあ? イリゼ。お前はいつからそんな悪い子になったんだ?」
しかし媚薬の効果がまだ続いているのか、淫らに火照り涙の痕が目立つ顔すら憐れで愛らしく、さらにもっと泣かせてみたくなるから困ったものだ。
「ううっ……。ダイ……。こころにぃ、きめたひとがいるって。ゼノがいってたからああ」
酒場で部下が言った言葉を、眠っているとばかり思っていたイリゼは聞いていたようだ。しかもイリゼがゼノの名前はちゃんと覚えていて呼んでいる辺りがまた、憎たらしい。
(でもまあ、イリゼは色々と先走って、勘違いして……。指輪のことでも珍しい剣幕で怒っていたんだったな)
シエルが言った通り、ダイと出会うまで真っ新なまま生きてきたイリゼが初めて欲しがった相手はやはり自分であると。本気になれば街でも国でも思い通りにできる魔力を秘めながらも、たった一人、自分だけを求めてくる。
(自惚れても良いのだろうか)
艶めかしい姿をさらしながらもどこか仄かに白い光を帯びて清らかなイリゼをダイは瞳を細め愛おし気に見つめ返した。
「どこまで鈍いんだ……。お前のことだ。俺が心に決めた相手なんて、お前の他にいるわけないだろ?」
そういうとイリゼの手を持ち上げて指輪をはめた手を反らせ、愛を乞うように手の平に口づける。
「愛してる。イリゼ。命ある限り、共に生きよう」
「え……。うれしい。俺もだよ? 俺も愛してる。指輪のこととか、俺なにもしらなくてまだ頭がぼんやりしているからよくわかんないけど……。でもね。ダイ。俺のこと、忘れないでくれて、嬉しかった。俺のこと逃がさないでくれてありがとう」
にへら、っと泣き笑いした顔の純真さは、この世で赤子以外にこれほど無垢な笑顔を浮かべられるものがいるのかと胸を打たれるほどだ。何もかも許してしまいたくなる。しかし絆されてはお仕置にならない。
「でもまあ、今まで散々俺に秘密をもって、先走って勝手なことをした。お仕置きはお仕置きだ。その調子では夜が明けるぞ」
額をこつんと合わせてから、ぺしっと軽く尻を叩くとイリゼは何とか入り口付近にダイをあてがい、「できない……怖いぃ」などと小首をかしげながら、またぽろぽろと涙を零す。
「ダイがしてぇ」
瞳を瞑り、わなわなとした唇を尖らせて、慰めの口づけを強請るイリゼは、媚薬が抜けてきてもまだ敏感な身体を持て余しているようだ。
口付けを送ると見せかけて、ぷっくら赤い胸飾りに吸いつけば、その刺激に身を震わせながらも、ダイの頭を宝物の様にほっそりした白い腕に大切そうに抱えてちゅっちゅっと頭の上に口づけを落としてくる。
「ダイ、ダイ……、きもちいい、すきぃ」
その間も日頃から敏感な胸への刺激に感じ切った仕草で、もじもじと腰だけは動かし屹立同士を快感に赤い舌を覗かせながら色っぽい表情で擦り付けてくるのだから手に負えない。
「いつになったら薬が抜けるんだ? これじゃ本当に夜が明けるな……」
本当は強烈な癒しの力を持つイリゼの身体は、泥酔など意識が乱れている状態でなければ気を集中させ魔力を巡らせればそこそこ回復が早い。
だがダイと睦みあい、沢山愛された気だるげな実感を纏った身体のまま大胆に甘え続けたくて、敢えて媚薬のせいにしそんな自分にダイが興奮するのを心の奥では歓んでいるのだ。
そんなイリゼの企みを、ダイは知ってか知らずか。イリゼの高い嬌声を耳に心地よく感じながら夢中で舐めとっていた胸元から唇を離すと、腹筋を使って起き上がる。
涙の雫で濡れた長い睫毛を半ばまで伏せ、まだどこかぼんやりと視線を彷徨わせるイリゼは婀娜っぽく、誘うようにダイの顔を見上げる。ゆっくりと顔を近づけたダイの唇に赤い舌を這わせた後、ちゅぷっと果実に吸いつく幼子のような仕草で唇を合わせてくる、その落差が堪らなくいいのだ。そのままダイの唇を食むように口づけ囁く。
「ダイ……、本当に俺のダイだよね?」
「当たり前だろ? ずっとお前のダイだ」
「……小さい頃、鼻水垂らして走り回ってて、川底で頭打って溺れてた、赤毛の子だよね?」
「お前! よくもいったな?」
「可愛かったなあ。顔中口みたいにして友達と笑ってて、やんちゃで、いつも街中駆け回って。きらきらしてた。俺、大好きだったんだ、いつか俺の傍にきてくれて、一緒に沢山おしゃべりしたり、街の中歩いたり。俺と一緒にいてくれないかなあって思ってた」
「イリゼ……」
(……俺があの頃からイリゼを想っていたように、イリゼも俺を……)
柄にもなく胸がいっぱいになって、太い腕を回してぎゅっとイリゼを抱きしめると、鍛え上げられた腰を使ってひくひくと濡れる入り口を探り、イリゼの腰を掴んでゆっくりと下ろさせる。ダイのものは大きいので、何度しても中を拓いていくたびに小柄なイリゼは苦し気だ。色香溢れる顔をして眉根を寄せたが、腕の間から顔を出したイリゼは、ダイから視線を外さず、頬を上気させ色っぽくはあっとため息をつく。ダイを二度と離さないとでもいうように、イリゼも腕を回して必死な様子でぺたりと胸に縋り付きつつ、さらに内側からもきゅうきゅうとダイを抱きしめた。思わず達しそうになるのをこらえると、ダイはイリゼの長い前髪をかき分け、汗の滲む白い額に優しく口づけた。
「イリゼの中……。熱くて、ぎゅっと俺にしがみ付いて離れない。ああっ……、たまらない。動いてもいいか?」
涙を浮かべた瞳で一生懸命ダイを見上げてこくんと頷くイリゼが可愛い。
熱く泥濘むイリゼの中は心地よく、肉ひだを摺り上げると互いに感じ切り、何度味わっても飽きることはない。
イリゼは赤い唇をだらしないほど緩めた微笑みを浮かべたまま、ぺたんこの薄い腹を自ら撫ぜて、上からダイを探すように摺り上げて小首をかしげている。
「……お腹いっぱい。苦しいよお。ここらへんまで、みんなダイ、かな?」
「イリゼ、お前ってやつは!!」
「苦しいぃ。ああっ! また大きくなったあ」
そのまま今度はイリゼを押し倒し、ゆっさゆっさと身体を持ち上げるように揺さぶれば、イリゼは素直な嬌声を上げてダイに縋りつく。
揺さぶられながらもイリゼは、何度も好き好きとうわごとのように呟いて悩まし気にダイの背中を掻きむしりながら、爪を突き立て脚を絡める。
「大好き。すきぃ」
「俺も好きだ」
「ダイを沢山、俺の奥に、ちょうだい!」
「分かった……。イリゼ……。俺の……」
びくびくっとイリゼの身体も達し、その動きにダイも最奥に自らを放つ。
何度も何度も腰を蠢かし、最後の一滴までイリゼに注ぎこもうと彼を味わいつくす。指を絡めあったまま、互いに愛おしいと思ったその瞬間は毎回そうなのかもしれない。再び指輪が光り、イリゼの魔力が逆にダイの身体に注ぎこまれる。互いの生命力が身体の中を駆け巡るのは快感以外の何物でもなく深く熱く満たされる。
「ふふ……。沢山したら、ダイ長生きしてくれる?」
初めに指輪が光った時に激しく交わったから、無邪気なイリゼはそんな風に解釈したようだ。悪戯っぽく笑って頭の下にしいたダイの腕から手探りで指輪を触り、どことなく嬉しそうだ。
「そうだな」
「じゃあ沢山するから、許してね?」
記憶を消されかけたことを根に持つ気はなく、むしろもうイリゼと自分は魔力を通じて繋がりあって決して離れることはない。それが今はただ、嬉しい。
「……とっくに許してるさ」
「違うよ? ダイ。ふふ……」
イリゼの瞳が朝日が昇り切る前の白んだ青い空気の中でしっとりと潤んだままダイを捕らえ、妖艶にすうっと細められる。柔らかい舌がぺろりと、獲物を捕らえた猫のように赤い唇を舐めまわし、しなやかな指先がダイの唇に優しく触れる。
「……?」
「もう、俺から、未来永劫、逃がしてあげられないってこと。あっ!」
神妙な顔をしていたくせに次の瞬間、ダイの胸元から急に背伸びしたイリゼ頭が顎に当たってダイが呻くと、登ってきた朝日に照らされ、先ほどまでの妖艶さは嘘のように明るく顔を輝かせたイリゼは飛び跳ねるように寝台から起き上がって窓辺に向かおうとする。
「うわあっ」
「危ない!」
しかし流石に腰が立たずにへなへなと寝台の下に落ちていきそうになるイリゼの華奢な二の腕をダイが寸でのところで取り押さえて一度寝台の上に引き上げる。そのまま起き上がって胡坐をかいた自分の膝の間に横抱きに座らせ夜具で包んでやった。
「へへっ」
すんなりと綺麗な脚をばたつかせながら指輪をはめた方の手をつなぎ合って曙色の空を見上げるイリゼは白い手を伸ばして空を掴もうとしているように見えた。
「俺この色大好きなんだ」
そのまま指を滑らかに振ると、部屋の中にその色が飛び込んできて煌く光の帯となってくるくるっと部屋を一周してまた空へと戻っていった。
イリゼの背中から零れる魔力の光も同じような色をしてぴらぴらと嬉しそうに羽ばたいている。
「すごいな。イリゼ」
「俺本当は色々できるんだ。だからこれからはダイに沢山いろんなことしてあげるね。沢山お花を咲かせてあげられるし、暑い日には雨を降らせてあげる。盥にお湯だってすぐに沸かせられるよ? 炎だってほら」
ぱちんっと指を鳴らせばシエルがそうしたように小さな火花が渦を巻きながら窓から飛び出して火の粉を散らして消えていった。
『ダイ、お前にできるかしら? 何もかも与えてこようとするイリゼを、貪らずにいられるかしら?』
奇跡の様な光景の数々に、ダイはシエルが去り際にいった言葉をぐっと重々しく腹に押し込んだ。
「イリゼ。俺に、街の皆に尽くすようにしなくていい」
「どうして? 何もして欲しくないの? 俺、ダイになら、なんだってしてあげるよ?」
人ずれしていない、柔らかな声でイリゼは甘い誘惑を囁く。ダイは懸命に後ろを振り返って縋るような表情でダイを見つめる美しい恋人に眩惑されながらも、一度尖らせた赤く柔らかな唇を味わってから大きくゆっくりと首を振った。
「違うさ。人に与えてばかりのお前だから、俺だけはお前の我儘を聞いてやりたいんだ。俺にだけ沢山甘えて欲しいし、世話を焼かせてくれ。今まで通り、お前が傍にいてくれて、一日の終わりにお前の顔を見つめながら一緒に寝台で微睡めるなら、それが俺の至上の歓びだ。なあ、イリゼ。お前こそ、俺にしてもらいたいことはないのか?」
イリゼは小首をかしげてから、ダイの太い裸の腕を重たそうに持ち上げると自分の薄いお腹に巻き付けて、じんわりとしたその温みを味わうように微笑む。
「そうだなあ。たまにこうして美しい色の空を一緒に見て、綺麗だねって言い合えたら、幸せだと思う。だって今、俺すごく幸せだもの」
「そうだな。俺も同じだ」
早起きな鳥の影が庭を横ぎり、柳の向こうで川面が煌く。
空瑠璃の花が眠りから目覚めて甘い芳香を辺りに漂わせ、今日も一日が始まっていく。
二人はそのまま移ろう空の色がゆっくり透き通った青に変わっていく様を満ち足りた気持ちのまま飽かず眺めた。
ダイは眠たげに目を擦ったイリゼを抱きしめなおし、柔らかな褥に寝転ぶと、暫し仕事に行くことすら忘れ、互いの温みを傍に感じつづける極上の微睡みを味わった。
終
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