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くっついていた部分が、ゆっくり離れていく。
するとそこから急激に冷めてしまう体温。
互いの唾液で濡れた唇が、卑猥に煌めき。
途端に外気へと晒される。
いつの間にか僕は、自分では立っていられないほど骨抜きにされてしまい。
気付いたら全てを放棄して。芝崎にその身を預けていた。
「ヤバイ、ね…先輩とキスすんの…」
…止まらなくなる。
うっとりと見つめられ、また貪られる。
無邪気そうな顔に反して施される、激しいキスは。
僕の精気を全部吸い尽くすかのような、禁断の行為。
やめて欲しい…筈なのに。
僕の腕は払い除けるどころか、芝崎の腕にしがみつくのがやっと。
このままじゃ、本当に。
戻れなくなるような気がした…。
「っぁ………!」
芝崎の唇が、卑猥なリップ音と共に頬に移動し…
首筋まで急降下する。
それはシャツの襟に隠れるかどうかの辺りで止まり…。瞬間、チクリと刺すような痛みが走った。
最後にもう一度、キツく吸い付かれた後…
それは名残惜しむかのように、軽く僕の唇を奪うと。
芝崎は身体ごと、離れていった。
何だか急に、寒い…
「ゴメン、先輩…ビックリ、したよね…。」
ぼやけた視界の中、
支えを失いぐらついた意識を擡げ、見上げれば。
「先輩が…あんまりにもキレイだったから、止まらなくて…」
顔を歪めて何度も謝罪を口にする芝崎の、
切なげに揺れる瞳。
意外な展開だった。
てっきりこのままの流れで…もっと凄いコトをされるもんだと構えていたのに。
こんな中途半端に終わらされたものだから、
かなり拍子抜け…だった。
「怒ってる?先輩…」
怒るもなにも。
僕が勝手にしろと言った以上、何も言えやしないだろう。
「…ホントは、もっとシたい。…先輩が欲しいよ?でもねっ…」
“先輩もオレを好きでなくちゃ、意味が無い”
ズルくてごめんねと、深く頭を下げる芝崎。
そこまでしなくていいのに…やけに律儀な奴だな。
「…えと、先輩は平気?」
子どもに問いかけるよう、顔を覗き込む芝崎。
未だに思考が回復しない僕は、朧気に首を傾げ見上げた。
途端に顔を赤くして逸らす芝崎。
「やっ、その…気付いてないなら、いいや…。」
訳の分からない事を言う芝崎は。
トイレを借りると告げれば、やや前屈みな体勢で…
いそいそと行ってしまった。
放置された僕。
なかなか芝崎が戻って来ないので。
仕方なく2階の自室へと、よろよろしながら着替えに行く。
鏡に移った自分。
首筋に記された生々しい赤い記憶。
さっきの行為を思い出したら、また鮮明な熱を呼ぶから。急いで服を着込み、リビングへと戻った。
階段を降りれば、バツがわるそうに立ち尽くしたままの芝崎がいて。
何だか気まずそうな空気を醸し出す。
…だったらあんな事、しなきゃ良かったのに。
けれども、記憶にはきっちり刻まれているのだから、
なかった事にはもう出来ないし…。
「…雨はまだ止みそうにないし、制服も乾かすからゆっくりしてていいぞ…。」
そう声をかければ、静かに芝崎は首を横に振り。
「いえ…今日は帰ります。」
素肌にびしょ濡れの学ランだけを羽織り、靴を履く芝崎。
「しかし…かなり降ってるだろう?」
窓の外は真っ暗で、未だ激しい雨音が続いている。
さすがに歩いて帰れるような天候じゃない。
「でも…これ以上ふたりっきりでいたらさ…オレ、先輩の事、泣かせちゃいそうだからっ…」
帰ります、と告げて。
芝崎は扉に手を掛けた。
「…せめてコレを使え。」
覚束ない手で傘を差し出せば、
「いいッス…頭冷やすのに、丁度良いから…。」
言うやいなや、制止の声も聞かず。
芝崎は土砂降りの中、駆け出す。
開けっ放しにされた玄関から、
雨音に混ざり芝崎の忙しない足音が聞こえてきて。
その音が掻き消され…ついには聞こえなくなっても。
いつまでも耳に残って、離れなかった。
その日の夜。
僕は10年振りに布団の中で、泣いた。
理由が全く解らないのに。
眠りについても、
その涙と、
首筋の赤い熱が、
どうしても治まらなかった────…
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