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だんだんと立ち直りつつあった芝崎。 けれど学校に来れば必ず野球部の存在と、 厳しい現実を突き付けられて。 逃れられぬそれに、日々苦痛を強いられていた。 野球がしたい。 走って走って、あの白球を全力で追い掛けたい。 それが叶わないなら、せめて見てるだけでも… それでも、 グラウンドに直接足を運ぶ程の勇気は無く、 きっと部員達にも、気を遣わせてしまうだけだったから。 こっそりと盗み見る為に。 冬休み、グラウンドが良く見渡せて…かつ、 誰の存在をも気にしないでいられる場所を求めて。 図書室へと訪れた。 『そんな時にさ、先輩と出会ったんだ…。』 過去を振り返りながら笑う、芝崎の苦しげな表情が… 今も目に焼き付いて離れない。 初めて会った時は────…と言っても、僕は本にばかり気を執られ。当然芝崎の存在には気付いていないのだが…。 冬休みにもわざわざ学校へ来て、 殆ど人が利用しないような図書室にいる僕に。 少なからず興味を持った程度のもの、だったらしい。 次の日もグラウンドを見るためやって来れば、 やはり僕がその場所にいたから…。 毎日毎日、ひたすら読書に没頭する僕に。 更に好奇心を膨らませた芝崎は、 密かに僕を観察し始めたのだと言う。 眼鏡と前髪に隠れ、 如何にもお固い優等生を思わせる僕の容姿。 冷たいクールな人かなと思ったら。 物語に合わせて、笑ったり… 時には眉間に皺を寄せ、悲痛な表情を見せたりして… 観察している自分の存在には全く気付きもせず… 百面相する姿に。 芝崎はいつの間にか、 釘付けになっていたというのだ。 “どんな人なんだろう?” もっと知りたい。 目的だったグラウンドに目をやるのも忘れ、 夢中になる芝崎。 冬休みが終わった頃、 借りてた本をこっそり調べたりして、 僕の名前を知った。 (綾兎、アヤ…ト…可愛い名前だ…) 知れば知るほど、胸が高鳴り楽しくなって。 それが“恋”だと気付いたのは、 出会ってから数ヶ月程が過ぎた、春休みの事。 『春休みも先輩は、やっぱりあの場所にいてさ…。その日は天気も良くて暖かかったんだ…。』 窓際の特等席。 注ぐ日差しに油断して、うたた寝する僕の寝顔。 こっそり近付いて… 初めて間近で見たその素顔に…。 『オレは、落ちたんだ…』 恋に。 芝崎は最初からずっと、 僕に対し『好き』と言う想いしか語らないクセに。 言い回しが全て、 過去の遠い記憶みたいに話すものだから───── 僕は嫌な予感がして、ならなかった。 『最初はすげー戸惑ったんスよ…。いくら男子校だからって、そんな簡単に男が男に…───ってさ…。オレって実はホモなのかなって、マジ悩んで…。』 けど、よくよく考えたら。 そんな浅はかな考え方で好きになった訳じゃなくて…。 “先輩だから好き” 初対面でアイツが言った、僕への想い。 迷いも無くそう告げられて…。 不覚にもまっすぐに、僕の心を射ぬくものだから… “男”である事に、 僕自身が嫌悪感を抱く事も無かった。 『先輩を好きになって気付いた…。オレ、町田に対してそこまで本気じゃ無かったんだってさ…。今思えば、憧れみたいなもんだったのかもって…。』 最低だよね…と力無く笑う芝崎。 己が弱さ故に、彼女を振り回し… 散々苦しめてしまった。 本来なら守るべき立場なのに。 自身で招いた失敗で苛立ち、八つ当たりに彼女を傷付け…別れを切り出すという辛い選択を彼女にさせた上、そのまま放置してしまった。 それから彼女には、一度も連絡を取っていないのだという。 『オレ、アイツを傷付けまま…ずっと逃げてただけだったんだ…。』 本気で人を好きになって、 やっと自分が犯した罪の重さを自覚する。 まるで懺悔でもするような、芝崎の告白に。 僕はずっと耳を塞ぎたくて仕方なかった。 『町田の気持ち踏みにじって、自分だけ幸せになろうだなんてさ…。虫が良すぎるよね…。』 『欲に負けて先輩に告白して…。拒絶されないからって有頂天になって───…』 結局また一番大切なヒトを、傷付けようとしてる… …もうやめてくれ、聞きたくない。 そんな願いも声にはならず、 芝崎を避けるように、俯き唇を噛み締めるしかない。 ああ、やっぱりそうなんだな… お前は行ってしまうんだ。 僕の気持ちごと置き去りにして、あの娘の元へと…

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