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第53話 小さな傷

 それからは平和なときが続いている。  両家の親に今のところは見つかる気配もなく、祐実という女性が訊ねて来ることもない。  他のどんな新婚カップルより濃密で幸せな日々を勇介と涼一は送ることができていた。  勇介が傍にいることで涼一のメンタルは落ち着き、リスカやODをすることもなくなった。  それに加えて涼一は近くのコンビニやスーパーには一人でも行けるようにまでなっていた。  そのことが勇介は勿論嬉しかったが、同時に少しの寂しさも感じていた。  絶対的な幸せの中の小さな傷。  どうしても拭えない勇介の不安。  涼一が自分の腕から飛び立っていってしまう日が来ること……。  このままいけば涼一は大学へ復学することもいつか可能になるだろう。  そうしたら、同い年の友人たちと遊ぶことの方が楽しくなるかもしれないし、もしかしたら、好きな女の子もできるかもしれない。  今、ある幸せは勇介が作った籠の中にある幸せだと思っている。  狭い籠の中から広い世界へと飛び立ちたいと言えば、自分にそれをとめる権利はない。  皮肉なものだと思う。  涼一を彼の家という狭い籠から連れ出すために、政略結婚をしたというのに、勇介は彼を本気で愛してしまった。  全てを捨て、かけおちをするくらいに。  一日でも一時間でも一分一秒でも多く涼一と幸せな『夫婦』でいたいと願う勇介。  だから毎晩のように涼一を抱き、快楽に溺れさせ、自分のものだという刻印を涼一に刻む……少しでも別れのときが遠ざかるように。  訪問看護師としての勇介は涼一が外の世界へ出て行くためのカウンセリングを行うが、涼一の『夫』としての勇介は彼を閉じ込めておきたいと切望している。  なんとも正反対の気持ちに勇介は揺れていた。  そして、そんな勇介の心の揺れは当然のように繊細な涼一にも伝わっていた。      

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