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第54話 寂しい瞳
SIDE.RYOUICHI
「ただいま」
玄関の鍵が開き、勇介が帰って来ると、涼一は遊んでいたスマホゲームを放り出し、彼の傍まで駆け寄った。
「おかえりなさーい」
「ああ。今日もいい子でいたかい?」
「また勇介さんは俺のこと子ども扱いして……」
涼一が拗ねると、勇介は優しく頭を撫でてくれながら聞いて来る。
「ごめん、ごめん。……ところで今日は晩ご飯の材料何を買っておいてくれたのかな?」
「ハッシュドビーフ。勇介さん、ルウから手作りするって前に言ってただろ?だから一緒に作ってみたくて」
勇介が訪問看護師の仕事を増やし、一日のスケジュールがきつくなったので、最近、夕食は涼一が献立を考え、近くのスーパーで材料を買っておくことにしているのだ。そして勇介が帰ってきたら二人一緒に料理を作る。涼一にとってとても楽しくて幸せなひとときだ。
「じゃあ手を洗ってくるから、涼一は玉ねぎの皮むいといて」
「はーい」
勇介が洗面所へと向かうと、涼一は冷蔵庫から玉ねぎを出してむき始める。
幸せだな……。
涼一はしみじみと考える。
今ではリスカやODをしていたときがまるで嘘みたいだ。
……でも。
ふと気づくと勇介が洗面所から戻って来ていて、傍に立って、涼一のほうを見つめていた。
……まただ……。
時々勇介は何とも言えない寂しそうな表情で涼一を見ていることがある。
その表情をしている勇介を見ていると、涼一は不安に駆られる。
この幸せはいつまでも続かないと言われてる気がして。
いつまでも。
ずっと。
永遠に。
勇介はそういう言葉を絶対に言わない。
『涼一が俺と一緒にいたいと思っていてくれるなら』
いつもそう言って優しく微笑むだけだ。
俺はいつまでも勇介さんと一緒にいたいのに。
勇介さんの言葉のニュアンスには、まるで期限を切られてるような感じがあって。
俺の考えすぎかもしれないけど……勇介さんの寂しそうな瞳には、別れの予感が浮かんでいるように見えて、不安になる。
「どうしたの!? 涼一?」
「え?」
物思いに沈んでいたら勇介が驚いたような声で聞いて来た。
「……なんで、泣いてるの?」
「え? 俺、泣いてなんか、いな……」
そう言おうとしたとき、自分の頬に涙が伝うのを感じた。
「あ……」
「涼一、今日、なにかあったのかい?」
勇介が細く長い指でそっと頬の涙を拭ってくれる。
「なんにもないよ? あ、玉ねぎ……玉ねぎが目に染みただけ」
そう言って笑うつもりがなぜが泣きそうになった。
「涼一……」
勇介が抱きしめてくれる。
「大丈夫、何も不安になることないよ。俺がいるだろ? 俺は君が望む限り傍にいるから」
……ああ、やっぱり『永遠に』とは言ってくれないんだ。
ついさっきまでの幸福感が寂しさにとって代わる。
勇介の寂しそうな瞳の色が移ったみたいに……。
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