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「は? ドマゾ? カレシいんの知ってて告るかフツー。てかなんで知ってんの」
「さっきの話、聞いてたから」
盗み聞きじゃないか。
ジロリと疑うと首を横に振られる。
「たまたまだよ。朝五に告白しようとしたら、たまたま朝五のカレシがいただけ。それでたまたま、話が聞こえた」
「それストーカーの常套句だわ」
「んーん、たまたま。ホントだよ。でも、カレシがいても関係ないよね? カレシは朝五を置いていったんだから、俺が朝五に告白したって、全然構わないんだと思う」
「構わっ……今さぁそこデリケートなとこなんだからあんまつつかないでくんね……!?」
「あ……そっか。ごめんね。構うと思う」
「なにそれ雑かよ~……っ!」
唇を尖らせた朝五は、半分だけ残していたカフェロシアンを飲み干した。
カップを置き、表情を変えずにこちらを見つめる夜鳥をジトリと睨む。微笑みしか返ってこない。
「朝五」
「っちょいちょいお触り禁止!」
不意に手を伸ばされ慌てて避けた。
自分のことを好きだと言う男に不用意に触れさせるなんて、恋人がいるなら避けて然るべきだ。
頬に触れようとした手は緩慢に退き、「そっか、ごめん」と間もなく改められる。
妙にやりにくい。独特の空気感に巻き込まれ、夜鳥のペースに乗ってしまう。
「でも、テキトーじゃないからね」
夜鳥はカタン、と微かに椅子を鳴らし、品よく席から立ち上がった。
それを間抜けに見上げると、夜鳥はやはり笑ったまま、鼻先が触れそうな近距離まで顔を近づける。
「ずっと前から、一番大好き、朝五」
「っ……」
(近ぇって……っ!)
思わずたじろぐ。
近くで見ると、とぼけた夜鳥の顔が整った造形をしていることに気がついた。
ゆるゆるといちいち色気のある緩め方をする口元だ。おとぼけ男のくせに、駆け引きのつもりならムカっ腹が騒がしい。
「それじゃあ、カレシと別れたら俺と付き合おう。約束だよ、朝五」
「は……っ!?」
夜鳥があまりにも自然に微笑んで取り付けた約束に、朝五ははっと我に返った。
「いやなに言ってんの? てかまず別れねーし!? まだフラレてねーじゃん! 誕生日すっぽかされただけじゃん!」
「そうだね。俺はすっぽかさないから安心して。朝五、お誕生日おめでとう」
「へっ? あ、あざますー……じゃねぇ!」
朝五が噛みつく勢いで否定しても、勝手なことを言う夜鳥はのらくらと躱して朝五の生誕を祝う。
予想外に祝われて刹那喜んだ隙に夜鳥は薄く笑って背を向け、恋人と同じように朝五を残して去っていった。
「……な、なんだったんだ……」
一人残された朝五はやるせなさと謎の憤りに支配され、追いかけようとした姿のまま茫然とその場に立ち尽くす。
「……なんか、もうさぁ……俺に一番好きとか簡単に言う嫌がらせでも、流行ってるわけ……?」
ポツリと呟いたあと、朝五はいつの間にか力が入りすぎてくしゃくしゃに握りしめていた千円札を伸ばし、財布にしまった。
──どいつもこいつも、みんな勝手だ。
誕生日なのにいいことなんてなにもない。見ず知らずの変人に告白され、ついでのように言われた〝おめでとう〟が、今日初めて直接貰ったおめでとうだった。
孝則には貰えなかったのだ。
その上お会計は自分の払いになる。
自分のカフェロシアンと彼氏の残していった黒糖きなこラテ。アンド、呪われたデラックスチョコパフェ。
千円ぽっちを渡して「支払いは俺が持つ」と言った孝則はおしゃれカフェの支払いを舐めているのか、と憤りながら伝票を探す──が。
探せど探せど、伝票がない。
「あぁ。お会計なら、さっき背の高い穏やかそうな男性が支払われて行かれましたよ」
レジカウンターにいた店員に尋ねると笑顔でそう答えられ、朝五はしばし、目玉を丸くすることになった。
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