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06
授業が終わった午後のにぎわいを、肩を怒らせながらひたすらに人気のない方向へと抜けていく。
ムカつく、ムカつく、あぁクソ──ムカつく! クソッタレ!
真っ赤に染まった朝五の顔は親に叱られて拗ねた少年のようにクシャクシャだ。
冷えた風が頬をなでても冷めない。
今にも声を上げて泣き出しそうな自分をねじ伏せ、足だけを前に動かす。
「バカ、バカ、バーカ、バーカバーカ!」
木々に囲まれ人目につかない噴水広場にたどり着くと、簡素な二文字に恨み辛みをこれでもかと詰め込んで呪詛を吐き出した。
噴水の縁へドス、と投げやりに腰を下ろす。苔むした人造石で気に入りのジーンズが冷えたって構わない。
膝に肘をついて項垂れ、右こぶしで足をゴツゴツと殴る。
「二対一とかっ、有り得ねぇっ」
本当は──なぜ、どうしてと、あの場で散々に孝則を責めたかった。
けれど孝則たちにお互いを庇い合いながら自分が悪いと謝られると、朝五はなにも言えなくなったのだ。
いっそ自分が悪ければよかったのに。
そう思ってすらしまう。誰も悪くないから、だからこそ辛い。
朝五は語る。
二番目に墜ちることは、嫌われてフラれることより残酷だ。なんせ孝則は朝五を好きじゃなくなったわけではなく、朝五よりあの男への好きが勝った。
孝則があの男と朝五を比べてどちらと選んだ事柄は、一番好きな人かだけではない。
孝則はどちらを傷つけるかを選んだ。
傷ついてもいいのはどちらかを選んだ。
そして一番ではなくなった朝五は、傷つけても構わない人として選ばれたのだろう。
ならばいかに格好よく余裕を見せつけて去ってやるかというものが、二番目以下に堕ちた男にできるなけなしの悪あがきである。
くくった腹を緩めずに見せつけることが、終の矜持だった。
しかしそれも、一人になると、かくもあっけなく崩れ去るのだ。
「全人類のバカヤロー……なんで俺が好きになった人は、俺を一番好きになってくんねぇのー……」
朝五はズズ、と鼻をすすった。
抱えた膝で目元を擦る。シミになって色が変わったジーンズを睨み、額を預ける。
孝則から話があると言われた時、いやもっと前からこうなる予感はあった。
だから恋情の残りカスをかき集めて作った潔さの鎧を心にまとい、別れ話に挑んだ。大敗である。あれじゃ自分が悪役じゃないか。
憤って文句を言い尽くしたあとに残るものは、何度味わっても慣れない悲壮感だけ。
この瞬間は世界で一番不幸な男が紛れもなく自分だという自信しかない。哀れな自分。とてもかわいそうだ。誰か愛護してくれ。
今日はもうなにもしたくない。
生存努力すら放棄したいほど、今の朝五は満身創痍だった。
満身創痍、だったのだ。
「ひょぇ」
そんな傷だらけの心を慰めていた時。
突然膝を抱えていた右手の指を掴まれ──朝五は情けない悲鳴と共に飛び起きた。
「なっなん……?」
顔を上げる。
困惑する朝五の瞳には、しゃがみ込んだままこちらを見つめている男が映った。
見覚えのある大きな背丈とほうじ茶色の髪。垢抜けないシャツとジーンズ。
それは、ひと月前に朝五に告白した、変わり者の地味な男。
「朝五」
名を呼んだのは、夜鳥 成太だった。
今日の夜鳥は呑気な微笑みではなく、少し心配げに眉を下げている。
全ての感情が一時的に混乱に塗り替えられる。しばし時が止まったかのように愕然とする朝五。
「泣かないで、朝五」
「っ」
誤魔化す前にいち早くめそめそとしていたことを指摘され、塗り替えられた感情が羞恥に染まった。
頬がカァァ……っ! と瞬間沸騰で茹で上がったことがわかる。顔が熱い。
泣いていたことが他人にバレるなんて、カッコつけの朝五にとって死にたいくらい恥ずかしい事件だ。
「泣いてねぇしっ! 花粉症だしっ!」
「でも、十月だ」
「み、未知の花粉だしっ!」
慌てて夜鳥の手を振り払って目元を擦る。気遣わしげに眉を下げる夜鳥だが、頑として突っぱねると諦めて頷いた。
なんだかこの男には恥ずかしい場面を見つけられてばかりで、朝五は決まりが悪い。ガックリと力が抜けてしまった。
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