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3.もう一番目じゃいられない

 あれから二週間が経った。 「で。今度はなにに悩んでるって?」  バイトが終わった直後。二人きりになった途端、文紀が単刀直入に切り出した。どうして気づかれたのだろうか。 「なんでもないでーす」  朝五は内心ドキリとするが軽い調子で誤魔化し、平然を装って着替えを進める。「なんでもねぇならシャキッとしろよ」と言われ、返事をせずに気持ち背筋を伸ばす。  ──夜鳥を置いて逃げ出した日から、朝五は夜鳥に会わず、一人考え込んでいた。  なぜなら、あの日さらった朝五の記憶の中で色あせた写真の切り抜きのように〝せいちゃん〟は存在していたからだ。  当時は両親の離婚という衝撃が大きすぎて、他の記憶が薄れていた。  しかしタイミングを計ったように告白されてしまえば、幼い朝五はきっと喜んで一番好きだと言うに決まっている。  ただ、それは恋じゃない。  一時の感情で軽はずみに応えただけだ。  なのに、夜鳥は朝五の言葉を本気にして、飽くことなく抱きかかえて生きてきた。  それほど澄んだ男に一番好きな人に興味を失われて泣いていた自分が知らず知らず同じことをしていた事実が、辛い。  呼吸も億劫なほど、気持ちが重くて仕方がない。望みがないと別れを切り出されては恋しい人を諦めてきた朝五。  ただ、夜鳥は諦めなかった。 (……いってぇよー……)  夜鳥を思うと、この二週間、朝五の胸はズキン、ズキンと絶え間なくトゲが刺さるように痛んだ。  着替えを終えてから、ロッカーの影でのろのろと手を動かしてスマホを開き、トーク画面を見つめる。 『ずっと、待ってる』  簡潔なメッセージ。  飾りっけのないそれは、口下手な夜鳥のシンプルな愛情の証明。  書き置きを残して消えた挙句理由も言わずに少し待っていてほしいと言った朝五へ返した夜鳥の言葉だ。  夜鳥は、十三年も待たせた朝五をまだ待つと言ってくれている。 「待たせてんならさっさと帰れよ」 「んー……まぁね」  いつの間にか隣に立っていた文紀にスマホを覗き込まれ、ズバリ切り捨てられた。  その通りだ。プライバシーの侵害を責める気にならず、答えになっていない返事をする。 「こいつ、酷いやつじゃなかったんだろ?」 「うん。いい男。ほんとにすっげぇいい男。いい男すぎて、俺にはもったいねー」 「は? じゃあ問題ねぇじゃねぇか。好かれてるんだから食らいつけよ。いい男待たせて恋人関係だけ続けてるってなら、お前、感じ悪いぜ」 「うん、そうだよな。わかるよ。俺は今酷いことしてる」 「なら説明ぐらいしてやったらどうなんだ」 「あー……それが、自分でも説明できねー感じでさ。でもちゃんとする。やらなきゃいけないことはわかってんだ。勇気の話だし」  責めるように質問を重ねる文紀へ、曖昧な笑みを見せる。文紀は眉間にシワを寄せた。怒っているようだ。 「なんでミキティがそんなこと言うの?」  へらりと愛想よく笑って、内心では焦燥する。どうして文紀が怒るのか心当たりが浮かばず、朝五は困惑した。  デートの翌日。  心配してくれていた文紀にはきちんと悪い男ではなかったと説明したが、詳しい気持ちの話はしなかったので詳細を知らない。  単に情けない朝五の態度に腹を立てているのかと思っていると、文紀は唸るように朝五を睨んだ。 「お前の悩みは、俺に言えねぇことなのか」 「え……」  一呼吸、目を丸くする。 「いい加減、言わなきゃ殴るぞ。友達だってやめる。二週間ずっと抱えてる悩みを相談されねぇ友達なんか、いないのと一緒だろ」  そう言う文紀の表情は、真剣そのものだった。目を逸らさない。逸らさせない。

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