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 文紀と出会った時、恋に悩んでいたのは文紀のほうだった。  文紀は隠すことと強がることがうまい。けれど朝五は踏み込むことと受け入れることがうまかった。  おかげで今の恋人とうまくいった文紀は、朝五の恋の手助けで恩返しがしたいと常々思っている。  幸せになってほしい。だから、文紀には朝五を逃がす気がなかった。  追い詰められた朝五はたじろいだが、ややあって息を吐く。  心配されていると伝わった。これに報いなければバカだろう。大事な友人を失うのは嫌だ。観念するしかない。 「……十三年前、俺はこいつに一番好きだって言ったまま、それを忘れてたのに……こいつは俺を諦めなかった、凄く、綺麗な人で……俺には、もったいねーよ……」  朝五は悩みの種を、とつとつと、静かに語り始めた。  経緯も気持ちも、一緒くたに語る。  文紀は黙って、朝五の話を聞いた。  バカな朝五は、バカな朝五なりに考えた。ひたむきに恋をした夜鳥に朝五は相応しくない。独りよがりで残酷な朝五とは、別れたほうがいいだろう。  朝五は自分が大嫌いになってしまった。  大嫌いな自分になんて、夜鳥を渡せない。素知らぬ顔で夜鳥に愛されようとは、片腹痛いにもほどがある。  だけど別れを切り出すことは、諦められないと言った夜鳥をまた捨てることになる。そう思えば、夜鳥の気持ちを尊重して、のうのうと付き合い続けるべきなのかもしれない。  しかしそれを、朝五自身が許せなかった。  どうしてこんなに自分を許せないのかはわからない。夜鳥に一番大好きだと言ったことを覚えていたかったと強く後悔もしている。  夜鳥の気持ちに報いたい。  夜鳥を傷つけた自分が嫌いだ。  二律背反は思考に揺られ、結論を出せずに、朝五はホテルから逃げ出したのだ。 「はー……」  全てを語り終えた朝五に、文紀は深いため息を吐いた。  捨て犬のようにしょげかえったままの朝五を眺め、その腹をドンッ、と殴る。不意を打った打撃に、朝五は「うっ」と呻いた。 「テメェがバカなのは今に始まったことじゃねぇけど、流石にバカすぎる。今、わかってると思うけどかなり無様で情けねぇぜ」  ジロリと睨まれる。散々な言われようだがぐうの音も出ない。  朝五が黙ってコクコクと頷くと、文紀は打って変わって柔らかな手つきで朝五の腹をなでた。 「そいつ、忘れられてるってわかってて告白したんだろ? じゃあ、お前が歴代にフラれて凹んで、それでも自分でケリつけて諦めることにしたのと同じで、そいつも自分でケリつけて、お前を諦めないことにしたんだよ。なら、問題なんかねぇわ」 「で、でもさ……っ」 「本人がいいって言ってんのに、なんでお前が許せねぇんだ。そいつの気持ち無視してんだからそれこそ勝手だろうが」  問題ないはずないと食い下がろうとした朝五は、視線で責められ黙り込む。黙り込んでも夜鳥への罪悪感は薄れない。  そんな朝五に、文紀は腰に手を当ててしっくりと語り掛ける。 「傷つけた過去を無視して相手の望む通り恋人でいてやることと、最低な自分ときっぱり別れさせて相手に次を与えてやること。どっちも選べない理由は、一つしかねぇだろ」 「ひ、一つ……?」 「あぁ。ない脳みそ捻って二週間。たった一人のことを考え続けてんのは、なんでだよ」 「……そ、れは……」  小さな大人は、自分より大きな子どもが答えに気づくよう尋ねた。  与えられるヒントをかき集めて、朝五は懸命に思考する。  脳の渋滞を整理して、夜鳥との記憶を抱きかかえ、不器用に組み上げていく。 「……文紀、ありがと。あと、ごめん。ダッシュしていい?」  それが輪郭を持ち、朝五が今にもこの場から走り出しそうな表情で文紀を見つめると、文紀は満足げに口角を上げた。  ──どうして忘れてしまったんだと後悔して、傷つけていた自分を許せなくて、されど自分じゃない素敵な相手を探せと言うこともできずにいた理由。 「そいつのメッセージを見つめるお前の顔──……惚れた男が恋しくてたまんねぇって、泣きそうな顔してたぜ」

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