「良哉？」 　腕の中の体温が、急に高くなったような気がして覗き込んだら、良哉は安らかに寝息を立てていた。 　疲れさせた……よな。 　くうくうと小さな寝息をたてている。 　ホント、本人の認識はともかく、いるだけで人を和ませる。 　大事な、存在。 　 　本人は気にしているようだから絶対に直接言ったりはしない。 　けど、高校の途中でググッと成長した俺と違って、良哉は相変わらず平均的な身長と細い身体つきをしてる。 　自分と一回り違う身体は、すっぽりの腕の中に囲い込んでしまえる。 　腕の中サイズがちょうどよくてかわいいとか、言ったら拗ねてしまうだろうから、本人には内緒。 　抱きしめて額にキスをする。 　好きだ。 　良哉を手に入れた、この僥倖に涙が出そうになる。 　　 　好意を持ってくれてるのは知っていた。 　俺を自慢の親友だと思ってくれているのも。 　でも、俺のこんな気持ちは押し付けにしかならないと思っていた。 　 『バカみは』 　セックスの途中で何度か言われた言葉。 　ホントに俺はバカだ。 『バカみは……っ応えるに、決まって……るっ』 　涙目でそう言われて、どうしようかと思った。 　中学のあの時から、ずっと気になっていた。 　良哉の存在が気にかかって、欲しいと思っている自分に気がついて。 　その時は愕然とした。 　だって男じゃないか。 　かわいいと思っていたって、撫でまわしたいと思っていたって、どこをどう見てもひっくり返しても、良哉は男だ。 　自覚したときと、周りから急にプレッシャーをかけられるようになった時期が一緒だったのは、タイミングが悪かったとしかいいようがない。 　身長が伸びただけで、ちょっと見栄えのするようになっただけで。 　競技会の成績が、ちょっとよくなっただけで。 　俺の中身が変わったわけじゃないのに、ものすごく周りが変わった。 　だとしたら、逆もあるんじゃないのか？ 　これで、ホントの自分を出したら、どうなるんだろうって、怖くなってしまった。 　男が好きとか、言ったら、引かれる。 　それだけならいいけど、今度は、見下される方になってしまったら？ 　人の評価はころころ変わって、どうなるかわからないから怖い。 　そんな中で、やっぱり良哉は俺の救いだった。 　成績とか、順位とか関係なく、いつみても和やかで。 　人に囲まれて、楽しそうに過ごしていた。 　笑ってくれ。 　その笑顔を、俺に向けてくれ。 　 　大学に入って、一緒の時間をたくさん過ごすようになって、ますますそう思った。 　遠くで見ていた時に思っていたほどフラットなわけじゃない。 　人並みに。 　下手すると人よりもっと上下する感情。 　でも、決して周りが不快になるようなネガティブさはなくて、本人は不機嫌でもほほえましく見えてしまうような。 　そんなキャラクター。 　良哉は俺がいい奴だという。 　本気でそう信じてる。 　でも、実際の俺はそんないい奴じゃなくて。 　良哉の部屋に入り浸っている奴らのことは、羨ましかったし、ムカついたし、何してやがるんだと思ったし。 　もっともらしいこと言って、荷物も引き揚げさせた。 　親友面して良哉の横にいて、良哉を欲しいとか思いながら。 　そんな自分が認められなくて、認めたくなくて。 　もしかして試してみたら、ホントのことがわかっていいんじゃね？ 　なんて思って、こっそりと調べたそういう人たちが集まるとこにいたことだってある。 　清廉潔白なんかじゃない。 　これぽっちも。 　幸い実家住なのは言ってあったから、一回家に帰ってしまえば俺の行動は大学の奴らにはつかみにくいらしくて。 　何度か夜遊びをした。 　虚しくなっただけだったけど。 　そんな時期に、聞いたんだ。 「オレ、結局ずっとみはの背中、追いかけてるんですよね」 　どんな話の流れだったのかは知らない。 　ただ、先輩に告げられたその言葉を聞いた時に、ああもういいやって思ったんだ。 　良哉が好きでいい。 　ダメな俺でいい。 　男が好きな俺でいい。 　ただ、さ。 　へらへらと笑いながらでも、他人にそう言ってくれる良哉がいるから。 　そんな良哉に恥ずかしくないようにしよう。 　俺は背中にお守りを感じるようになった。 　それは真っ直ぐな良哉の視線。 　この思いを告げることができるかどうかはわからない。 　でも、良哉がずっと見てくれているような、そんな自分でいよう。 　せめて。 　さらり。 　指で良哉の髪を梳く。 　俺に抱かれてくれるとは思わなかった。 　良哉の好きがそんな好きだって、気がつかなかった。 　あねごが良哉のことが好きだといってきて、目の前が暗くなった。 　他の誰かにとられるのは嫌だって思って、良哉の不運に付け込んだ。 　機会があったら逃さずに、言いくるめて抱いてしまえと思っていたんだ。 　一度でいいから抱きたい。 　身体から落とせるなら、それもいいじゃないか、そう思った。 　そんなずるい俺を、良哉は受け止めてくれた。 『バカみは』 　きつかっただろうに、笑いながらそう言って、俺を抱きしめてくれた。 　涙目だったけど。 「良哉」 　前髪を一房すく、って口付けた。 　好きだ。 　大好きだ。 　俺のお守り。 　抱きしめる腕に力を込めたら、むにゃむにゃと口の中で何かを呟いて、良哉が身を捩る。 　ふふ、と、勝手に笑いがこぼれる。 「好きだ……」 　俺にすり寄るように、心地のいい場所を探していた良哉が、納得したように動きを止めた。 　良哉の額にそっと口付ける。 「ありがと……おやすみ」 　 　きっと、目が覚めたら盛大に動揺して見せてくれるだろう。 　それから俺が驚くような落としどころ見つけて、開き直るんだ。 　それで、多分、照れながら笑うんだ。 　早く、見たい。 　明日の朝が、楽しみだ。 　 　おやすみ、良哉。 　大好きだよ。 ＜ＥＮＤ＞