10 / 11

九 その思い背中に感じてたから

 後ろからつながって、みはが吐き出して。  もう一回ってお願いされたら断るなんて考えつかなくて。  でも、顔が見えないのは恐いからやだって駄々をこねて。  今度は向かい合ってつながった。  嵐みたいな時間が過ぎて、気が抜けてきたら、すげえ恥ずかしくなってくる。  なんだよオレのあの声。  しかも泣きながら駄々こねるとか、いくつだよオレ。  でも、何の障害物もなく直に触れるみはの肌は温かくて。  動けなかったけど、動かせるとこだけですりすりとすり寄ったら、腕の中に抱きとめられた。  ……腕枕とか、恥ずかしい。  それでも体に力は入んないし、これ以上は動きたくないんだけどね。  みはの腕枕が気持ち良くて、脱力感で動けなくて、そんなオレの髪をみはが指ですく。  それも、気持ち良くてとろとろする。 「ホントはさ、いつも怖えぇんだよ」  腕の中にオレを閉じ込めて、ため息をつくようにぽつりとみはが言った。 「ん~?」 「高校の後半で急に記録伸びたじゃん。身長も伸びたし。そのあたりから、みんなの扱いが変わってきてさ。俺は全然変わった気がしねーのに」 「ああ……うん、みはは急にもて男になった」 「でも俺は、何もかわってない。俺のまんまだ。急にちやほやされた分、何かあったら急に掌返されるような気がしてた」  変なみは。  本人は変わった気がしてなくても、お前、すげえ格好良くなったのに。 「誰も、そんなことしねーよ」 「と、思うんだけどさ。けどわかんねーだろ、人の気持ちなんて。だから、大会でいつ会っても全然変わんないお前が、気になった」  好き勝手されて力が入らなくて、もうどうにでもして~って感じだったのに。  みはの意外な一言で、目が覚めた。 「はあ?!」 「お前いつもフラットだったから。俺の成績が良くても悪くても、自分の成績が良くても悪くても。いっつもにこにこして変わらなかったから、お前は信用していいんだって思った」  ええと。 「オレ、そんなできた奴じゃねーですが?」 「うん、今は知ってる」 「あ、そ」 「お前の場合は落ち着きがあるとか余裕があるとかじゃなくて、反応するのに時間がかかるだけなんだよな」  今は、とか言われてるし。  時間かかるって、鈍いってことかよ。  ほめられてんのか何なんだか、わからない状態になってきた。 「でも騙さねえから、さ」  首筋に顔をうずめて、みはが呟く。 「勝手なこと言って勝手に騒いで離れていったりもしないし、俺はそんなに立派じゃないのに勝手にすげー奴みたいに思って釣り合うようになりたかったとかって、自分を嘘で塗り固めたりしねーだろ」  ……それは騙したっていうのかな……  かわいい背伸びって気がするけど。  でも、みははきっとそれで嫌な思いしたんだ。 「まあ、そんなことしたって、無駄だし」    あんまり褒められてる気はしないんだけど、あきらめてそう言ったら、首筋に吸い付きながらみはが笑った。 「だから、良哉が俺の背中見てるの知ってたから、ずっと見ててもらえる奴でいようって思った」  ……! 「し、ししししし、知ってって?!」 「うん、知ってた。だから、お守りみたいに思ってた」 「お、お守りって……」 「良哉が見てるから、大丈夫って」  見てるから、大丈夫?  なにそれ。 「良哉が俺のこと好きでいてくれるかどうかは自信なかったけど、いい奴だって思ってくれてるのはわかってたし」  あ、いやそれは。  っていうか、いつからだよ、知られてたの!  言葉をなくして口をパクパクしてたら、顔を上げたみはがオレの顔を見て、くすりと笑った。 「何かのときに『みはの背中追いかけてる』って、先輩に言ってるの聞こえたからさ……良哉が見ててくれるなら、自分らしい、良哉が自慢できる友達でいられるようにしようって、そう思ってた」  オレの額にキスを落として、みはが笑う。 「ホントは自分が変だって認めるのが怖かった。みんながちやほやしてる『福嶋海晴』は男が好きだって、知られるのが怖かった」 「ま、そこは……」  男が男を好きだなんて、そう簡単に受け入れてもらえるもんじゃないし。  オレでさえ考えたんだから、みはだって当然考えたんだろう。  自分の評判はもちろんだけど。  周りへの影響とか、そういうのも含めて、きっと、いっぱい考えたんだと思う。  オレの好きなみはは、そういうやつ。 「でも、どんな時も俺は俺だし、好きなものは好きだし。胸張ってそんな気持ち、認めようって思った」  『もて男くん』のみはでいる時とは少し違って見えるみはの顔。  昔から知ってる、オレが近しいと思ってた頃のみはの顔がある。 「そん時は、まだ、良哉に好きとか言えるなんて思ってなかったけど……何がどうなっても、良哉が俺の背中見ててくれるんなら、まだ平気だ。俺はダメな奴になってない、大丈夫だなって……お守りみたいに思ってた」  オレが一人でぐるぐるしてる間に、みはがそんなこと思ってたなんて全然知らなかった。  オレはオレの気持ちで手がいっぱいで、理想の自分にもなれてなくて、みはの背中をやっとこさ追いかけてるくらいだったのに。 「オレ、ホントにそんなに大層な奴じゃないよ」 「うん、知ってる」  あっさり肯定しやがった。  それはそれでちょっと傷つくんだけど。 「でもそこがいい」  オレを押しつぶさないように、でも、ぎゅうっと力を入れてみはがオレを抱きしめる。 「お前が知らないだけで、皆、お前に癒されてるんだよ。だから、変わらなくていい。むしろ、変わるな。そのままでいて」 「え、それはやだ」  ダメだろ、それは。 「なに、その即否定!」 「だって、オレ、このままじゃダメだって知ってるし」  そう言ったらみはがいきなり笑い出した。  それこそ失礼だろお前っていうくらいにげらげらと。  笑いながら、そこかしこにキスの雨を降らせる。 「ちょ…みは…んっ…も、むり……」  さっきの余韻が残ってて反応しそうになる身体。  力が入らないなりに逃げようとしたら、みはに引きずり戻された。 「そういうとこが好きだ」  もうしないもうしない、と、オレをなだめながらみははオレの身体から離れない。  みはの身体はやっぱりオレより一回り大きくて、抱え込まれると腕の中にすっぽりと収まってしまう。  ううううう……ホントに勘弁。  いろいろ勘弁。  ふわふわしててちゃんと力が入らない。  なのに、密着されると正直に反応が出るとか。  もう、どうよ、オレ……  若い?  若いですか……これが若さですか……  しょうもないことをぐるぐる考えてんのに、みははぐりぐりとオレに密着してくる。  あああ、足を絡めるな。 「いいんだよ、お前はお前で。大学の連中もさ、そういうお前に癒されてるじゃん」  オレを腕のなかにおさめて、満足そうに息をついて、みははぐりぐりと頬ずりをする。  今更だけど、絶対起き上ったら髪が爆発してるに違いないと思う。 「だ~か~ら~、オレは癒されてねーっての」 「他の人間は、癒されてんだからいいの」 「不公平だ」 「じゃあ、俺がこれからずっと甘やかすからそれでいいだろ?」  は?  甘やかすって……  甘やかすって!  待って、そんなことされたら、オレの心臓もたないから、マジで!  誰が見ても鼻の下伸びてるぞっていうくらい、とろけた笑顔でみはが言う。  嬉しい……嬉しいんだけどっ 「みは変だっキャラ変わってるし!」 「うるさいな。積年の思いがかなったんだからしょうがないじゃん。いいだろ。四の五の言うなよ!」 「言うにきまってる!」 「何だとー」  ぐしゃぐしゃになったベッド。  きれいなとこを探して布団にくるまったのに、二人で笑いあいながらもっとぐしゃぐしゃにする。  身体はへとへとなのに、何か気持ちが落ち着かなくて。  それでもやっぱり、事後だからそれなりに疲れてるわけで。  ひとしきり笑ったら、またみはの腕に収まっていい気分になる。 「はめられたなぁ……」  ぼそりとみはが呟いた。 「んあ?」  半分とろとろしながら聞き返したら 「あねごにさ」  と、続いた。 「何で?」 「……相談された。良哉のことが好きかもしれないって。今思ったら、はめられた気がしてきた」  ええ?  何それ。  話が違うんじゃないか? 「は? オレには『みはいいな』って言ってたのに?」 「……マジか。くそ、やっぱものっすごい確信犯じゃん」  じゃああれか。  あねご→みは(中略)→オレって言うのはガセか。  ……ガセっていうより(中略)なかったんだ。  あねごはちゃんと気が付いてたってだけか。 「あれでものすごい焦って、告ったようなもんなのに……」  オレの髪を遊びながら、みはがぼやく。  喉の奥から笑いが込み上げてきた。  何か、みはがかわいく思えて。 「いいじゃん」    半分眠った状態でふわふわしながら、オレは言った。 「あとであねごにありがとうって言って、プリンでもおごったら、それであとはなかったことにしてくれるさ」  そっからあとのことは、それから考えたら、いいじゃん。  これからはどんな時も、一緒だろ?  真っ直ぐか、正直か、見られて恥ずかしくないか。  お互いの背中を見せて確認しながらお守りにしながら、一緒にいるんだろ。  だったら、それでいいじゃん。  ちゃんとそう言いたかったけど、瞼が重くて、ふらふらゆらゆらが大きくなってきて。  起きたら、言うよ。  これからどうしようって話も、しよう。  でも、一番言いたいのはさ。  みは。  好きだ。

ともだちにシェアしよう!