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九 その思い背中に感じてたから
後ろからつながって、みはが吐き出して。
もう一回ってお願いされたら断るなんて考えつかなくて。
でも、顔が見えないのは恐いからやだって駄々をこねて。
今度は向かい合ってつながった。
嵐みたいな時間が過ぎて、気が抜けてきたら、すげえ恥ずかしくなってくる。
なんだよオレのあの声。
しかも泣きながら駄々こねるとか、いくつだよオレ。
でも、何の障害物もなく直に触れるみはの肌は温かくて。
動けなかったけど、動かせるとこだけですりすりとすり寄ったら、腕の中に抱きとめられた。
……腕枕とか、恥ずかしい。
それでも体に力は入んないし、これ以上は動きたくないんだけどね。
みはの腕枕が気持ち良くて、脱力感で動けなくて、そんなオレの髪をみはが指ですく。
それも、気持ち良くてとろとろする。
「ホントはさ、いつも怖えぇんだよ」
腕の中にオレを閉じ込めて、ため息をつくようにぽつりとみはが言った。
「ん~?」
「高校の後半で急に記録伸びたじゃん。身長も伸びたし。そのあたりから、みんなの扱いが変わってきてさ。俺は全然変わった気がしねーのに」
「ああ……うん、みはは急にもて男になった」
「でも俺は、何もかわってない。俺のまんまだ。急にちやほやされた分、何かあったら急に掌返されるような気がしてた」
変なみは。
本人は変わった気がしてなくても、お前、すげえ格好良くなったのに。
「誰も、そんなことしねーよ」
「と、思うんだけどさ。けどわかんねーだろ、人の気持ちなんて。だから、大会でいつ会っても全然変わんないお前が、気になった」
好き勝手されて力が入らなくて、もうどうにでもして~って感じだったのに。
みはの意外な一言で、目が覚めた。
「はあ?!」
「お前いつもフラットだったから。俺の成績が良くても悪くても、自分の成績が良くても悪くても。いっつもにこにこして変わらなかったから、お前は信用していいんだって思った」
ええと。
「オレ、そんなできた奴じゃねーですが?」
「うん、今は知ってる」
「あ、そ」
「お前の場合は落ち着きがあるとか余裕があるとかじゃなくて、反応するのに時間がかかるだけなんだよな」
今は、とか言われてるし。
時間かかるって、鈍いってことかよ。
ほめられてんのか何なんだか、わからない状態になってきた。
「でも騙さねえから、さ」
首筋に顔をうずめて、みはが呟く。
「勝手なこと言って勝手に騒いで離れていったりもしないし、俺はそんなに立派じゃないのに勝手にすげー奴みたいに思って釣り合うようになりたかったとかって、自分を嘘で塗り固めたりしねーだろ」
……それは騙したっていうのかな……
かわいい背伸びって気がするけど。
でも、みははきっとそれで嫌な思いしたんだ。
「まあ、そんなことしたって、無駄だし」
あんまり褒められてる気はしないんだけど、あきらめてそう言ったら、首筋に吸い付きながらみはが笑った。
「だから、良哉が俺の背中見てるの知ってたから、ずっと見ててもらえる奴でいようって思った」
……!
「し、ししししし、知ってって?!」
「うん、知ってた。だから、お守りみたいに思ってた」
「お、お守りって……」
「良哉が見てるから、大丈夫って」
見てるから、大丈夫?
なにそれ。
「良哉が俺のこと好きでいてくれるかどうかは自信なかったけど、いい奴だって思ってくれてるのはわかってたし」
あ、いやそれは。
っていうか、いつからだよ、知られてたの!
言葉をなくして口をパクパクしてたら、顔を上げたみはがオレの顔を見て、くすりと笑った。
「何かのときに『みはの背中追いかけてる』って、先輩に言ってるの聞こえたからさ……良哉が見ててくれるなら、自分らしい、良哉が自慢できる友達でいられるようにしようって、そう思ってた」
オレの額にキスを落として、みはが笑う。
「ホントは自分が変だって認めるのが怖かった。みんながちやほやしてる『福嶋海晴』は男が好きだって、知られるのが怖かった」
「ま、そこは……」
男が男を好きだなんて、そう簡単に受け入れてもらえるもんじゃないし。
オレでさえ考えたんだから、みはだって当然考えたんだろう。
自分の評判はもちろんだけど。
周りへの影響とか、そういうのも含めて、きっと、いっぱい考えたんだと思う。
オレの好きなみはは、そういうやつ。
「でも、どんな時も俺は俺だし、好きなものは好きだし。胸張ってそんな気持ち、認めようって思った」
『もて男くん』のみはでいる時とは少し違って見えるみはの顔。
昔から知ってる、オレが近しいと思ってた頃のみはの顔がある。
「そん時は、まだ、良哉に好きとか言えるなんて思ってなかったけど……何がどうなっても、良哉が俺の背中見ててくれるんなら、まだ平気だ。俺はダメな奴になってない、大丈夫だなって……お守りみたいに思ってた」
オレが一人でぐるぐるしてる間に、みはがそんなこと思ってたなんて全然知らなかった。
オレはオレの気持ちで手がいっぱいで、理想の自分にもなれてなくて、みはの背中をやっとこさ追いかけてるくらいだったのに。
「オレ、ホントにそんなに大層な奴じゃないよ」
「うん、知ってる」
あっさり肯定しやがった。
それはそれでちょっと傷つくんだけど。
「でもそこがいい」
オレを押しつぶさないように、でも、ぎゅうっと力を入れてみはがオレを抱きしめる。
「お前が知らないだけで、皆、お前に癒されてるんだよ。だから、変わらなくていい。むしろ、変わるな。そのままでいて」
「え、それはやだ」
ダメだろ、それは。
「なに、その即否定!」
「だって、オレ、このままじゃダメだって知ってるし」
そう言ったらみはがいきなり笑い出した。
それこそ失礼だろお前っていうくらいにげらげらと。
笑いながら、そこかしこにキスの雨を降らせる。
「ちょ…みは…んっ…も、むり……」
さっきの余韻が残ってて反応しそうになる身体。
力が入らないなりに逃げようとしたら、みはに引きずり戻された。
「そういうとこが好きだ」
もうしないもうしない、と、オレをなだめながらみははオレの身体から離れない。
みはの身体はやっぱりオレより一回り大きくて、抱え込まれると腕の中にすっぽりと収まってしまう。
ううううう……ホントに勘弁。
いろいろ勘弁。
ふわふわしててちゃんと力が入らない。
なのに、密着されると正直に反応が出るとか。
もう、どうよ、オレ……
若い?
若いですか……これが若さですか……
しょうもないことをぐるぐる考えてんのに、みははぐりぐりとオレに密着してくる。
あああ、足を絡めるな。
「いいんだよ、お前はお前で。大学の連中もさ、そういうお前に癒されてるじゃん」
オレを腕のなかにおさめて、満足そうに息をついて、みははぐりぐりと頬ずりをする。
今更だけど、絶対起き上ったら髪が爆発してるに違いないと思う。
「だ~か~ら~、オレは癒されてねーっての」
「他の人間は、癒されてんだからいいの」
「不公平だ」
「じゃあ、俺がこれからずっと甘やかすからそれでいいだろ?」
は?
甘やかすって……
甘やかすって!
待って、そんなことされたら、オレの心臓もたないから、マジで!
誰が見ても鼻の下伸びてるぞっていうくらい、とろけた笑顔でみはが言う。
嬉しい……嬉しいんだけどっ
「みは変だっキャラ変わってるし!」
「うるさいな。積年の思いがかなったんだからしょうがないじゃん。いいだろ。四の五の言うなよ!」
「言うにきまってる!」
「何だとー」
ぐしゃぐしゃになったベッド。
きれいなとこを探して布団にくるまったのに、二人で笑いあいながらもっとぐしゃぐしゃにする。
身体はへとへとなのに、何か気持ちが落ち着かなくて。
それでもやっぱり、事後だからそれなりに疲れてるわけで。
ひとしきり笑ったら、またみはの腕に収まっていい気分になる。
「はめられたなぁ……」
ぼそりとみはが呟いた。
「んあ?」
半分とろとろしながら聞き返したら
「あねごにさ」
と、続いた。
「何で?」
「……相談された。良哉のことが好きかもしれないって。今思ったら、はめられた気がしてきた」
ええ?
何それ。
話が違うんじゃないか?
「は? オレには『みはいいな』って言ってたのに?」
「……マジか。くそ、やっぱものっすごい確信犯じゃん」
じゃああれか。
あねご→みは(中略)→オレって言うのはガセか。
……ガセっていうより(中略)なかったんだ。
あねごはちゃんと気が付いてたってだけか。
「あれでものすごい焦って、告ったようなもんなのに……」
オレの髪を遊びながら、みはがぼやく。
喉の奥から笑いが込み上げてきた。
何か、みはがかわいく思えて。
「いいじゃん」
半分眠った状態でふわふわしながら、オレは言った。
「あとであねごにありがとうって言って、プリンでもおごったら、それであとはなかったことにしてくれるさ」
そっからあとのことは、それから考えたら、いいじゃん。
これからはどんな時も、一緒だろ?
真っ直ぐか、正直か、見られて恥ずかしくないか。
お互いの背中を見せて確認しながらお守りにしながら、一緒にいるんだろ。
だったら、それでいいじゃん。
ちゃんとそう言いたかったけど、瞼が重くて、ふらふらゆらゆらが大きくなってきて。
起きたら、言うよ。
これからどうしようって話も、しよう。
でも、一番言いたいのはさ。
みは。
好きだ。
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