2 / 627

過去編

 もうじき空が赤く染まろうかという刻限に、ふわりと風に衣を靡かせた男が独り、美しく整えられた庭にゆったりと視線を向けていた。  年のころは二十を少し過ぎたあたりだろうか、まだまだ年若いその男は、しかし美しく上質な着物を纏っていることから高貴な身分であることが窺える。傍に置かれた紺の柄巻きが美しい刀を見るに彼が帯刀の許された武士であることはわかるのだが、その細く凛とした姿は武士というよりは文人のように見える。冷たくも見える瞳を持った男は、どこか人目を惹く美しさを持っていた。 「弥生」  少し離れた場所から名を呼ばれて、男――春風 弥生はほんの僅かに振り返る。そこには弥生と違い穏やかな微笑みを浮かべた優し気な男が立っていた。遊び相手兼配下として幼少期に屋敷へやって来た春風家に忠誠を誓う秋森家の次男・優は手に持っていた外套を弥生の肩にかける。 「風が冷たくなってきたんだから、いつまでも庭にいないで中に入ったら?」  身体を壊すよ、なんて過保護な事を言う優に苦笑しながら、しかし確かに少し肌寒さを感じていた弥生は外套を胸元に引き寄せ深く羽織る。

ともだちにシェアしよう!