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第20話

「理由が欲しいか?」  答えなどわかりきっているであろうに、弥生は問いかける。雪也とこれまで一緒に暮らしてきたのだ。どうしても引き留めたい気持ちが溢れるが、そんな弥生の気持ちをわずかながらに理解している雪也は、寂しそうにしながらもひとつ頷いた。 「以前、弥生兄さまは僕におっしゃいましたね。生きてほしい、と。今の僕は弥生兄さまや優さま、紫呉さまに生かしてもらっているのです。僕が知る世界はほんの少しだから、優しい世界はここがすべてだと言っても良い」  幼くして両親を失い、叔父の元へ引き取られた。随分と前のことで、もう両親との記憶は霧がかってはっきりとせず、いずれ消えてしまうだろう。その後、弥生に引き取られるまでは叔父に虐げられるか松中の屋敷に閉じ込められて知りたくもなかった嫌な世界ばかりを教えられる、まさしく苦界に堕ちた。そして弥生の屋敷では三人に大切に、大切にされて。  良い意味でも悪い意味でも、雪也は箱入りだ。自分の足で立ち、自分で〝生きている〟とは言えない。 「兄さま、僕は見てみたいのかもしれません。己が〝生きた〟世界を。きっと嫌な事も苦しい事も出てくるでしょうが、それでも、それもまた〝生きた〟と言えるのではないでしょうか」  この手でも掴めるものがあると、どうか信じていたい。いつか弥生が言ったように、弥生や優や紫呉に与えられた優しさを、ぬくもりを、いつか自分も誰かに与えられるだろうか。いつか、弥生たちにこの恩を返せるだろうか。 「――屋敷の者が持つ不満だけが理由ならば引き留めようと思ったが……」  それは弥生の我儘なのかもしれない。  子供だと、守ってやらねばと、ずっとそう思ってきたけれど。そうだった、雪也はそもそも大人びていて、年齢がやっと追いついたという子だった。 「そうだな。お前はもう自分で〝生きる〟ことができるのだったな」  ならば、引き留める方が酷というもの。

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