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第21話
「弥生……」
優が心配そうに名を呼ぶ。横に座る紫呉は何かを察したようにクシャリと笑った。その笑みが寂しそうに見えるのは、おそらく見間違いなどではない。
「わかった。だが、ひと月だけ待て。色々準備もあるし、せめて……せめて私の目の届く範囲に居てほしいとは思う」
今生の別れになどしない。例えこの屋敷を離れようとも雪也は弥生の大切な弟だ。そう隠しもしない不敵で優しい眼差しに、雪也は泣きそうになるのを唇を噛むことで耐えた。
「はい」
また会おうと思えば、いつでも会える。その事実が嬉しくて、雪也はグチャグチャになりそうな顔を隠すように深く頭を垂れた。
そして一月後、弥生は約束通りすべてを整え雪也を連れ出した。弥生が案内したのは春風家の屋敷からさほど離れていない場所に建つ、小さくも綺麗な庵。その周りには紫が美しい紫蘭が咲き乱れていた。
「ここならば治安も良いし、程よく静かだ。住むには良い場所だろう」
この庵をやろうと言って、弥生は己の腰に履いていた刀を鞘ごと抜き、雪也に差し出した。
「それから、これは餞別だ」
弥生や紫呉が軽々と扱うから錯覚しそうになるが、受け取ったその刀はズッシリと重い。刀を両手で抱いた雪也に、弥生は真剣な眼差しを向ける。
「言わぬ方が傷つきはすまい。だが、言わなければ別の意味で傷つくことになるだろう。だから、言いたくはないが忠告はしておく」
その真剣な物言いに雪也も思わず姿勢を正し、真っ直ぐに弥生の視線を受け止める。
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