60 / 633
第59話
「春風様のお屋敷に行って、優さまに来てほしいと伝えてもらえないだろうか。手を貸してくださいと」
そう願い、雪也は一瞬だけ少年から離れると奥へ走り、そして隠してあった刀を手に取り、足早に戻ってくるとそれを蒼に差し出した。
「これを見せれば、僕からの伝言だと信じてもらえるから」
それは雪也がこの庵に住まうと決まった時に弥生が餞別としてくれた刀だ。それを両手で受け取った蒼は力強く頷く。
「わかった。優さまだね。すぐに行ってくるッ」
常のフワフワとした口調もかなぐり捨てて、蒼は刀を握りしめると素早く立ち上がり走りだした。その後ろ姿を雪也は少年を止血しながら縋るように見つめ続ける。
(どうか……)
これは賭けだ。雪也はそう思う。優は弥生の側近で、常に弥生の隣に立つのが彼の役目である。弥生が近臣として働く以上、優が屋敷にいるという確証はない。もしも優が屋敷にいなければ、この少年の未来は無くなるだろう。
優が屋敷にいるように祈りながら、雪也は己ができる最大のことをしようと動く。
地獄のような時間がすぎ、馬の嘶きが耳に届いた瞬間、雪也の頬に雫がつたった。
ともだちにシェアしよう!