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第60話

〝……、……〟  ふわふわとした意識の中で、小さな声が聞こえた。声だけで、何を言っているのかわからない。だが徐々に意識が浮上しているのだろうか、その声が小さいのは少し離れているからで、何を言っているのかも聞き取れるようになる。 〝まったく、あんまり心配させないで。血がついた刀を見た時は卒倒するかと思ったよ〟  声の主が怒っているのだろうことは何となく理解したが、その静かで温かな声音に少年は内心首を傾げた。  少年が知る怒りとは、すなわち怒鳴り声と苛烈な折檻だった。しかしどれほど耳を澄ませようと毎日のように響いていた怒声も、何かを打つ鋭い音も聞こえてくることは無い。それは少年にとって異様なことであった。 〝ごめんなさい……。他に何も思い浮かばなくて〟  知らない声が、謝っていた。おそらくは先程の静かに怒っている声の主に謝っているのだろう。なんだかとても、美しく優しい声だ。  ゆっくり、ゆっくりと意識が浮上していく。その間も話声は聞こえてくるが、そのどれもが穏やかで温かい。もしや己は死んで、話に聞く極楽浄土にでも来たのだろうか? そんなことを思いながら、少年は瞼を震わせながら瞳をのぞかせた。

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