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第89話

 のどかな庭に吹き抜ける風が心地よい。そんな中であと何が残っていたかと予定を思い出していると睡魔が襲ってくるが、流石に護衛中に惰眠を貪るわけにもいかない。  ふわぁぁ、とついつい欠伸を零した時、庭先にいた男とうっかり目が合ってしまった。 「「…………」」  二人とも無言で見つめ合う。気まずい空気が流れた。  流石の紫呉もそこに男がいるのはわかっていたが、こちらに視線を向けることも無かったのでついつい気を緩めてしまった。まさか欠伸をするその瞬間に限って顔を向けられるなどと誰も思うまい。それともこれは安全圏であったとしても警護は警護なのだから気を緩めるなという優の呪いであろうか。 「あ、あー、面目ない。気にしないでくれ」  どうにかこの気まずい空気を壊したいと、紫呉はガシガシと髪を掻きながら苦笑した。その見た目に似合わぬ人懐っこい雰囲気に気づいたのか、男も肩の力を抜いてフッと小さく笑う。 「いんや、おいの方こそ、ジロジロ見て すんもはん」  男は紫呉と同じくらい鍛え上げた肉体をしていた。少々丸い顔は幼いようにも見えるが、その瞳は光と闇が混在しており、彼が守られてばかりの順風満帆な生ではなく、それなりの修羅場をくぐり、辛酸を舐めてきたことがうかがえた。

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