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第90話

「見たところ薩摩のご家老の使用人ではないようだが、ご友人か?」  穏やかに尋ねながら、そうとはわからぬよう、いつでも構えられるように槍を持つ。男はその動きに気づかないのか、真面目な顔で紫呉に向き直った。真っ直ぐに、紫呉へ視線を向けてくる。 「こいは失礼を。おいは東郷 吉之助。ご家老のお助けで、薩摩藩におりもうす」  東郷、その名をどこかで聞いたような気がするが、どうにも思い出せない。少しの試案の後、あまり黙り込むのも失礼だろうと紫呉は姿勢を正した。 「薩摩藩の方でしたか。知らず無礼を。私は春風 弥生の護衛を務めております夏川 紫呉と申すもの。本日は主が薩摩藩ご家老にご挨拶をとのことで、供として窺ったしだいにございます」  東郷が何用でここにいるのかは知らないが、明らかに部外者が立っていることで僅かなりとも警戒しているのだろうと予測し、紫呉は春風の名も出して丁寧に口上する。その姿にか、あるいは春風の名にか、それはわからないが東郷はほんの少し笑みを浮かべてひとつ頷いた。 「ご家老に客っちゅうのは、春風様のことにございもうしたか。お父上には、何度か斉彬様のお供でお会いしたことがございもうす」  どうやら東郷は弥生に会ったことは無いらしいが、弥生の父には会ったことがあるらしい。懐かしそうに目尻を下げて語る姿を見るに、亡き先代薩摩藩主の斉彬や東郷と弥生の父は良い関係を築いていたのだろう。流石は縁づくりの化け物だ。

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