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第132話
「ちょっとすみません。通してくださいね」
集まっていた人々の波を避けて雪也はスタスタと中へと向かう。その後ろに躊躇いも無く周や由弦は続くが、ここまで引っ張て来た浪人の男は濁声が怖かったのか人だかりの外で足を止めていた。雪也はそれに気づいていたが、何を言うことはない。
「雪ちゃん、危ないよ」
たまご屋の女主人が前に行こうとする雪也を止める。心配そうに揺れるその瞳に大丈夫だと告げて、周と由弦にこの辺りで待っているように言うと、雪也は躊躇いも無く怒鳴り散らしている男の下へ向かった。
「か、堪忍してください」
茶屋の看板娘であるお小夜は地に尻をついたまま震えた声で許しを請い、涙の滲む瞳で目の前の男を見上げるが、男はそんなお小夜の姿にさえも苛立ちを覚えるのか、音が鳴りそうなほどに強く抜き身の刀を握りしめている。恰好を見るに武官ではなく、浪人か何かだろう。
「今更おせぇんだよッ! 女の分際で盾突きやがってッ。たかが茶屋の娘が粋がってんじゃねぇぞゴラァァッ!」
刀をガチャガチャと言わせながら怒鳴りつけるその男に雪也は首を傾げる。どうやら浪人ではなく柄の悪い破落戸であったらしい。だが抜き身の刃を持った大男に怒鳴られては、内容など関係なく恐ろしいものは恐ろしいだろう。現にお小夜は小さく悲鳴を上げてガタガタと震えている。その瞳から涙が零れ落ちた時、空気など読みませんとばかりに雪也がお小夜へ近づいた。
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