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第137話
「なぁ、あんた」
その声に振り返った雪也の両手を男は包み込むようにして掴む。突然のことに雪也はキョトンと瞳を丸くさせ、周は威嚇するように鋭い瞳で男を睨みつけた。そんな二人に構うことなく、男は真っ直ぐに雪也を見つめる。その瞳の奥にほのかな熱を感じて、雪也は胸の奥で黒い何かが蠢くのを感じた。
「あんた、ただの薬売りなんだろ?」
「ええ、そうですが」
胸の内を隠し、雪也は穏やかに応える。そんな雪也に、男はズイッと身体を近づけた。
「ならよ、俺の嫁に来ねぇか!?」
「…………僕は男ですが」
嫁になどなれない、と雪也は小さく嘆息する。途端に蘇る淫靡な記憶に苛立ちながらも、それと目の前の男は関係ないのだと理性を総動員させ、雪也はゆっくりと男の手を離させようとした。しかし男は雪也が逃げようとしているのを感じると、さらに強く手を握りしめてくる。
「んなことはわかってる! なに、婚姻は結べんかもしれんが、男色など珍しくもない。屋敷に男妾を囲ってる近臣とて少なくないのだから、何を憚ることも無い。薬売りなど大した稼ぎにもならぬだろう? あんた一人くらい充分に養ってやれるから、俺のとこに来い」
それは雪也にとっても十分に利益のあることだろうと、男は僅かも疑わない。確かに、もうあくせく働いて僅かな銭を稼ぐよりは、男に侍り暮らす方が良いと言う者もいるだろう。それを否定することは無いが、雪也にとってその暮らしは地獄でしかない。
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