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第136話

 周がまわりの者に頼んで用意した水を雪也に差し出す。それに柔らかな笑みを浮かべた雪也は、お小夜の土で汚れた手を水で清めた。 「……あんた、何者だ?」  先ほどの剣捌きを見るに、ただの町人であるはずがない。雪也の腰に刀は無いが、武人でもない人間が重さのある真剣をそう易々と扱えるなど、あり得ない。探るような男の視線に気づいているが、雪也は振り返ることもせずにお小夜の手当てを続けた。 「ただの薬売りですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。あぁ、周ありがとう。もう大丈夫だよ」  カゴの中から必要なものを手渡していた周に礼を言って、お小夜の手に巻いた包帯の端を結ぶ。捻った足はあまり動かさず冷やすしかないだろう。 「これは痛み止めです。あまり乱用してはいけませんが、痛みがひどかったり、熱が出たら服用してください」  用意していた薬包を三包みほどお小夜に握らせる。そこでようやく我に返ったお小夜は慌てた。 「あ、あのお金……」  薬は雪也の商売道具だ。それがわかっているお小夜は立ち上がり店へ銭を取りに行こうとするが、雪也はやんわりとそれを止めた。 「今回はいいですよ。僕が勝手にしたことですから。また何か入用になったら、その時は僕の薬をぜひご利用くださいね」  悪戯っ子のように笑いながら宣伝する雪也に、お小夜はポカンとしたものの、次の瞬間には耐えきれぬとばかりにプッと吹き出し、肩を震わせながら小さく笑った。その笑い声に緊張の糸が切れたのか、まわりの者達も小さく笑い始め、どこか和やかな空気が流れる。そんな中で、お小夜に手を貸しながら立ち上がった雪也に破落戸の男が近づき、おもむろに雪也へ手を伸ばした。

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