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第219話
再び小さく息をついて、ひとつ頷く。言葉こそないものの心配だという思いを隠さない周に紫呉はニカッと笑みを見せて、ポンポンと頭を撫でると起き上がった。
「俺がコッソリ見てくるから、お前は安心して寝てろ。な?」
そう言ってスタスタと足早に庵を出ていく紫呉は、しかし大雑把な動きに反して音は一切出ていない。突然のことにその後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった周は、音もなく庵の扉が閉められた瞬間にハッと己を取り戻すが、すでに遅い。そもそも、周が雪也に気づかれず尾行できるのならば、とっくの昔にしているのだ。それが出来ないと、気づかれれば雪也を追い詰めるとわかっていたから、周は毎晩毎晩飛び出しそうになる己をどうにか抑え込んでいる。だが、もしも今日、紫呉が雪也の行先や、そこで何をしているのかを調べてくれるのなら、それが雪也にとっても一番良いのかもしれない。弥生と同じように、雪也は紫呉に懐いているから。甘さを、弱さを、見せられる相手だから。
(でも……)
胸の内で気持ちの悪い何かがグズリと蠢く。何かはわからないけれど、きっとそれは醜くて恐ろしいものだと周は胸元を強く抑え込んで深呼吸した。
これは、見せてはいけない。誰にも、雪也にも。
雪也と紫呉の事を考えれば考えるほど、胸の内にある何かが蠢いて周を苛む。考えてはいけないと必死に別のことへ思考を逃がして、周は息をひそめるように紫呉と雪也の帰りを待った。
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