230 / 647

第229話

「なんだ、難しいことでも考えてたのか?」  しゃがんで足元にじゃれつくサクラの頭を撫でながら、紫呉は視線を向けることなく問いかける。そんな向けられてもいない視線から逃れようとするように由弦は視線を彷徨わせた。 「……どっから、聞いてた?」  もしかして頭の中でグルグルと考え込んでいたことが無意識の内に声に出ていたのだろうか。だとしたら、紫呉に己のひどく狭量で我儘な自分を知られてしまうことになる。出会いが出会いなので今更カッコよく取り繕いたいなどとは思わないが、それでも、嫌な奴だとは思われたくなかった。紫呉が大切にしている雪也に嫉妬しただなんて知られたら、きっと嫌われてしまうだろう。  俯いた由弦に何を思ったのか、紫呉は来い来いと手招いて井戸の近くに腰かけると木の枝に括りつけていた鳥を手早く捌きだした。 「どっからっていうか、お前が黄昏てたところから? 何言ってたかっていうことなら、〝俺って最低だろ〟って呟いてたところからだ」  ならば由弦の胸の内にある黒い思いを知られたわけではないのだろう。後ろめたくはあるものの、由弦は小さく息をついた。

ともだちにシェアしよう!