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第255話

「ガラガラとした咳が出ていますから、横になるよりは座っている方が楽だと思います。刺激になってはまた咳が出てしまうでしょうから、もう少し落ち着くまで声は出さないでくださいね」  失礼します、と断って持ってきた籠から薬包を取り出し、キョロキョロと辺りを見渡す雪也に素早く息子である男が近づく。やはりピクリとも表情を動かさぬままに、何かを探しているのかと問いかけた。 「あ、白湯を作らせていただけたらと思うのですが、火を起こせるところはありますか?」  当たり前のことのように言う雪也に、男は少し無言で固まる。 「……あの、このようなことをお聞きするのは失礼でしたか?」  立派な店を持つ男に、今日初めて会ったばかりの雪也が厨を使わせてほしいなどと失礼だっただろうか、と雪也は睫毛を震わせる。しかし、雪也は白湯を持ってきていない。咳が止まらなかった老人の様子を見るに喉は潤わせた方が良いだろうが、冷たい水は駄目だ。また咳を引き起こしてしまう。やはり温かな白湯を用意しなければと、雪也が訳を話すため口を開いたのと、男が動いたのは同時だった。

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