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第254話

「とりあえず、身体を起こしましょう。横になっていると呼吸がしづらくなりますから。あの、座椅子とかって、この家にありますか?」  男に手を貸して老人を抱き起しながら、雪也は尋ねる。これほどに大きな家ならばあるだろうという予想通り、男はすぐに持ってきますと言って足早に出ていった。 「咳が辛いと思いますが、無理に我慢しようとせず、ゆっくり深呼吸してください。ゆっくり、吸って、はいて」  老人を抱えながら雪也自身が深呼吸をしてみせる。すると自然に老人の呼吸もまた、雪也の呼吸に合わせるように吸っては吐いてを繰り返した。背中を摩りながら根気強く続ければ、最初は咳き込んで乱れていた呼吸も落ち着きを取り戻し、男が座椅子を持って戻って来た時には、老人の呼吸はおおよそ整っていた。 「さぁ、ゆっくりと座椅子にもたれてください。焦らず、慌てず。大丈夫、咳は治まりますから」  なるだけ老人の不安を和らげ、落ち着けるよう雪也は努めてゆっくりと優しい言葉を紡ぐ。少しだけ低いその声はまだまだ若いそれであるはずなのに、不思議と〝大丈夫〟と思わせるだけのものがあった。  朝から咳き込んでいたという老人は随分と疲れていたのだろう、座椅子にもたれると深いため息をつく。やはりまだ完全に咳は治まらないのか時折短く咳き込んでいたが、来た当初よりもずっと短いものだった。

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