270 / 648

第269話

「……よくあるの? 俺は、初めて見たけど……」  雪也に食事を任されてからほぼ毎日のように買い物へ出かけているが、それでもあのように籠が止まっているのを見るのは始めてだ。たまたま見かけなかっただけだろうかと考え込む周に苦笑して、女主人は違う違うと首を横に振る。 「ここ最近は確かにたまたま会わなかったってだけだろうけどね。あのお大臣はもう十年以上前からああなのさ。それでも、春風様には弱いらしくてね。ほら、今は弥生様が上様のお供でいないだろ? ご当主はそもそも町にあまり出てこない御仁だからね、弥生様の目が無い時を狙って、ああやって出てくるのさ。流石は、お大臣は頭の使いどころが違うってもんだよ」  皮肉を言いながら、ふん、と鼻を鳴らす女主人に、周はもう一度籠の方へ視線を向ける。ここからは籠しか見ることはできないが、おそらくはその中に女主人のいうお大臣がいるのだろう。そして、籠のすぐ傍には赤い小袖を纏った女が立っている。確かに、可愛らしいというよりは美人だというべきだろう、整った顔立ちをしている。

ともだちにシェアしよう!