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第307話

「帰ろう。そのままだと、雪也も風邪ひいちゃう」  何も知らないでほしいと雪也は願っている。なら、何も知らないフリをしよう。何も知らないフリをして、彼の安心できる庵に帰してあげよう。  濡れた雪也の手を引いて、速足で庵へ向かう。 「えッ!? 雪也どうしたんだ!?」  庵につけば、雑草抜きをしていた由弦が雪也の姿にビックリして駆け寄って来た。傍にいたサクラも心配そうにグルグルと雪也の周りを歩いている。 「何もないよ」  大丈夫大丈夫と雪也が苦笑し、由弦を宥めているが、由弦はびしょ濡れで何もないわけないだろうと眉根を寄せる。 「ちょっと運悪く水撒きの水をひっ被ってしまっただけだから」  着替えてくるね、と足元をグルグルするサクラを避けながら雪也は庵の中へ向かう。その背中を無言で見送って、由弦がものすごい勢いで周を振り返った。何があったのか説明しろと、その瞳が強く訴えてくる。そんな由弦の瞳を見返して、周はゆっくりと瞬きした。 「俺は何も知らない。雪也が水撒きの水をひっ被ったというなら、そうなんだと思う。……知らないことにした」

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