315 / 648
第313話
「いや、薬は大丈夫だ。忙しいなら、後でこれを渡してもらえるだろうか」
そう言って、彼は持っていた風呂敷から布の塊を取り出して由弦の手に渡す。それは森の木々のように濃く美しい緑色の着物だった。
「これ……」
真新しいそれは大きさ的に周の物ではなく、袴を好む由弦の物でもないだろう。だが、雪也はあまり着物に拘りがなく、新しい着物を誂えるとも思えない。
古着ではなく、かといって庵の者に誂えたものでもなさそうなそれに首を傾げた由弦に、兵衛は風呂敷を畳みながら淡々と唇を動かした。
「父からだ。常連の方から話を聞いたが、どうやら俺と結納して結婚をと父が考えていた娘の母親が雪也さんに暴言を吐いて、打ち付けたとか。驚きはしたが、どうやら本当であるとわかってな、父がこれを持って行けと」
本当は父が自分で持って行くと言っていたのだが、庵までは少し距離があるため兵衛が止め、代わりに持ってきたらしい。兵衛の言葉で、やはり雪也は撒かれた水をたまたまひっ被ってしまったわけではないのだと理解はしたが、それでも由弦は首を傾げた。
ともだちにシェアしよう!