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第343話

「着物は返しましょう。それで? 出ていきますか? 出ていくと言うのならば、刀は返しますよ。ですが、いかなる理由があろうと、刀を持ったまま庵に居るのはご法度。ここで治療をというのであれば、あなたが出ていくその日まで、刀は返せませんが」  どうしますか?  淡々と告げられる言葉が、男を見るその瞳が、男が生きようが死のうが、その場所がこの庵でなければどうでも良いと訴えてくる。その、治療を施した者が言うには冷淡すぎる言葉に男は身体が震えるのを止めることができなかった。  穏やかで優しい物腰に言葉、華奢とも呼べる四肢に、隙だらけの態度。その上辺だけを見て御しやすしなどと判断した己を、男は殴り飛ばしたい気分だった。  ドクドクと開いた傷から血が溢れ、呼吸が荒くなるほど痛みを訴えてくる。今この状況で刀を返されたとしても、それを握るどころかまともに歩くこともできないだろう。  雪也は出ていくなら止めないと言っている。刀を返すとも。ならば身体を引きずってでも庵を出ていくべきだろう。だが、男の意思に反して口は勝手に動く。 「……す、すまな、かった。……たすけてくれ」  新しい国のためならば命など惜しくない。いつ死を迎えても構わないと覚悟していたというのに、いざそれが目の前に迫ると本能が生きることを選ぶらしい。たとえ救いを求めたのが、恐ろしさしか感じない相手であったとしても。

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