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第347話

 ゆっくりと、しかし途切れることなく粥を口に運ぶ男に視線を向け、雪也は思い出したようにそういえば、と口を開いた。 「まだお名前を聞いていませんでしたね。傷が治るまでここに居るのでしたら、名前がわからないと不便なので、教えていただけるとありがたいのですが」  その言葉に男は粥を掬っていた手を止める。確かに、呼び名が無ければ不便だろう。雪也の言葉に不審な点はひとつもない。だが、名乗っても良いものかと男は視線を彷徨わせた。  国の為にと動いてきた今の自分に恥じることなど何一つとしてない。無いのだが、その未来を実現させるためにも、仲間のためにも、己の素性を知られるのは避けた方が良いだろう。とはいえ、すぐに偽名など思い付くはずもない。  どうしようか、と悩み、男は顔を上げた。あまり長く沈黙しては、余計な疑いを彼に抱かせてしまう。 「……田島 浩二郎」  咄嗟に名乗ったのは、父の名だった。しかしここは男の故郷から随分離れており、己の事は勿論、父の事を知る者もいないだろう。そう考えて、男は今この時に田島 浩二郎となったのだった。

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