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第350話

(弥生兄さまは、どうなさるのか)  時代が動く足音が、雪也の耳にも聞こえる。雪也よりもずっと敏く、ずっと国の中核にいる弥生の耳にそれが聞こえぬはずもない。彼は将軍の忠臣だ。衛府にとって良い方向へ行くよう動くだろうが、それを時代が許すだろうか。  弥生と出会えたことに、後悔はしない。あの時、弥生が手を差し伸べてくれたから今の雪也があり、ひいては周の命もある。例え過去をやり直すことが出来たとしても、雪也は同じ道を選ぶだろう。だが、不安は消えない。  雪也は耳を澄ませ、皆が完全に寝入っていることを再度確認してから、ゆっくりと起き上がった。物音ひとつ立てず、薬を保管している場所へ向かう。そこにひっそりと置かれている文机の前に座り、灯りひとつ点けず雪也は筆を手に取った。墨壷に先端を浸け、小さな紙に文字を連ねる。周たちに気を遣わせぬようにと身に着けたそれが、こんなところで役に立つとは思わなかったが、これで浩二郎に気づかれることなく動くこともできるだろう。  墨を乾かし、小さく折りたたんでいつも出掛ける時に持つ籠に隠し、再び物音ひとつたてずに布団に戻って瞼を閉じる。  カチッ、と何かが動いたような音がした。

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