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第559話 ※
事情を説明して蒼と湊に周たちをお願いし、雪也は兵衛と共に食事処へと向かった。
思ったよりも蒼の店と近場にあったことに安堵しながら食事処に入れば、そこには想像していたような騒めきはなく、雪也は首を傾げる。
「この店は完全個室なんです。芸子を呼ぶような店ではありませんが、商談したり遠い地の友人と落ち着いて話をするには重宝していまして。うちの父も人目を気にせずゆっくり食事をしたい人間ですから、誰かと食事をする時は必ずここなんです」
店に入っても食事をするような机や椅子が無かったのはそういうことか、と納得しながら、二階へと向かう兵衛の後ろを追いかける。完全個室とあって見えるのは広い廊下と襖ばかりで誰かとすれ違うことも無く静かであったが、奥ではオロオロとしながら襖の前を行ったり来たりしている女中が三人ほどいて、兵衛の父親がいるのはそこであろうことが窺えた。
「失礼。雪也さんが来てくださいました」
混乱している女中を避けて中へ入る。襖を開けた瞬間に異臭が鼻をつき、雪也は目を細めた。
「あぁ、雪也殿か。急に呼び立ててすまんな」
呼吸を荒げながら腹を抱えて蹲る大男の側で背を撫でていた呉服問屋の老主――兵衛の父が振り返った。兵衛が呼びに来てからさほど時間が経っているわけではないが、その場にいた大男と老主、そしてこの食事処の店主であろうか、細身の男にとって地獄のような時間であっただろうことは、彼らの額に浮かぶ大粒の汗で察せられる。
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