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第572話
「私は自分を過信しません。それが兄さまに危険をもたらすならば尚更に。ですからどうか、伝えてください」
本当は、今すぐ駆けて自らの口で弥生に伝えたい。彼の無事な姿をこの目で確認して、どうか気をつけてと言いたい。だが雪也は紫呉に手ほどきを受けたとはいえ完璧な隠密などできない。自らの心を満たす為だけに弥生を危険に晒すわけにはいかないのだ。
大切であればあるほどに、冷静にならなければならない。満たすべきは己の心や欲ではなく、確実なる安全性だ。
「お前の言うことはわかった。確かに若様に伝えなければならないことだろう。だが、お前たちはどうする? 俺がここを離れれば、お前たちの護衛が一時できなくなる」
春風家は将軍への恭順を示すために、近臣であるにも関わらず私兵も隠密も最低限の人数しかいない。その代わりに一人一人が一騎当千の猛者であり、最恐の隠密であるが、こういうときは数の足りなさが問題になった。もちろん、雪也は春風家の心も実情もよく理解している。だからこそ、月路に問題ないと伝えた。
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