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第573話
「我々のことはお気になさらず。兄さまたちが庵に来るときには変装してくれていましたから、完全に安全だなどとは言いませんが、優先すべきは庵ではなくお屋敷や兄さまです。何のために武衛を出られたのか、兄さまが説明されなかったことを無理に聞こうだなどとは思いません。言わないということは、それなりの理由があるのでしょう。しかし私も、こんな時に、よりにもよって兄さまが武衛を離れたことに関して何も感じないわけではありません。私の予想が正しいのであれば、この情報は一刻も早く兄さまに届ける必要があるでしょう」
どうか行ってください、と言われては月路もそれ以上を言うことはできない。雪也よりも弥生の今を知る月路としては、雪也の言う通り庵よりも何よりも弥生を優先させる事態だと理解しているからだ。この物騒な話は今すぐにでも情報を精査して春風家当主と弥生に伝えるべきだろう。
「わかった。では俺は情報を調べて主の元へ向かうから、数日はお前たちの側を離れる。わかっているだろうが、充分に気をつけろ」
雪也達のことは気にかかる。弥生達も雪也達を守れと月路に命じた。しかし、いま月路が動かなければ武衛も衛府も地獄に変わるだろう。優先させるべきは何か、誰の目にも明らかだ。
恭順を示すためとはいえ、今日ほど春風が少数精鋭であることを恨んだことはないかもしれない。消すことのできぬ心配を胸の内に押し隠して、月路は出て来た時と同じように音もなく姿を消した。
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