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第575話
「そなたが事前に報せてくれたおかげで、荷の大半は別の屋敷に避難させた。他の近臣には大打撃かもしれぬが、こちらにはなんら問題もない。先のことを考えるなら、屋敷のひとつやふたつ、くれてやるわ」
それに、と男はクツリクツリと嫌味な笑みを浮かべる。近臣ではあるもののさして地位は高くなく、現将軍はもちろん、それ以前の将軍の覚えもめでたくはなかった。そんな己を見下し、陰で嗤っていた者達が己の屋敷を焼かれ、財産を焼かれた時、さてどのような姿を見せるのか。
慌てふためくか、泣き叫ぶか、それともどうにもならぬというのに怒りに我を忘れるか。どんな道を辿ろうと、未来は何一つ変えられないというのに。
あぁ、なんて面白い見世物になるだろうか。
「ですが、それも策通りに動くかどうか。彼らは大胆な策をたてますが、時に浅慮だ。これが春風に知られれば、いっかんの終わりでしょう」
楽しそうに嗤う男とは反対に、光明は眉間に皺を寄せる。そう、どうあっても春風の脅威が付いて回り、策を練れども練れども安心はできない。何より、光明が囲う者達は春風家の恐ろしさを知らない。だからこそ、少し舐めてかかっている節があった。
「それほどまでに春風が恐ろしいのであれば、火を放つ前に春風が機能せぬよう動けばよいのではないか? 奴らとて人間だ。まして春風は将軍に恭順を示すため私兵も少ない。揺さぶれば春風といえど混乱し、上手く動くこともできまいて」
茶を飲みながら嗤う男の頭には何が見えているというのか。いぶかしむ光明に男は言った。
「春風の倅が殊更気にかけている存在。町のはずれにある庵に住む者達が姿を消せば、春風の倅はもちろん、春風本家も混乱に呑まれるだろうよ」
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